浪人・ミフユ放浪記 ~自由の街の大魔導外伝~

赤魂緋鯉

第1話

 乾燥に強い植物が、あちらこちらに一握りずつ生えている、赤茶けた荒野の一本道を三度笠さんどがさに道中合羽がっぱ姿の少女が、真上からの太陽に照りつけられながら独り歩いていた。


 合羽の下には、シンプルな藍色の着物に薄い灰色のはかままとい、腰にはくろさやの無骨な打刀うちがたな脇差わきざしを提げていた。


 その美しくも凜々りりしき剣士、己の腕のみを友として、たゆみなき浮世うきよを気ままにゆらゆらと、生まれついての根無し草。

 姓はオオシオ、名はミフユ。そのまさに韋駄天いだてんのごとき太刀筋の、目にもまらぬ早業に、誰が呼んだか『神速のミフユ』。

 夜越しの金は紙吹雪とし、外連味けれんみを味わい尽くす傑物なり。


 生粋の侠客きょうかくであるそんな彼女は今、


「ああー……。腹が空いたでござるぅー……」


 ――大変な空腹に悩まされていた。


「こう、あの石ころが握り飯に変わらないでござらぬかなぁ……」


 三度笠の下で、非常に情けない表情を浮かべつつそう独りごちると、くーきゅる、とミフユの腹の虫が鳴いた。


「ぬあー……。見栄張らずに、実は内偵してました、とか言えば良かったでござる……」


 緩やかな坂道をいくら登っても景色が変わらず、あんまりにも暇なミフユは、周りに自分以外は誰もいないが、そんな調子でペラペラと独り言を言い続ける。


「武士は食わねど、とか思った拙者なにやってるでござるかー……」


 拙者浪人でござろう……、と無駄に格好つけた過去の自分へぼやきつつ、ミフユは竹の水筒から水を飲み、


「あー、ぬるいでござるぅー!」


 当たり前の事に大声で文句を言った。


「しっかしまあ、この丘を越えたら、ぱーっとオアシスが、とかないでござるかなぁ」


 言うだけはタダなのでそう口に出し、汗を拭った手ぬぐいを振り回して涼をとりつつ、頂上に近づくにつれて傾斜が急になっていく坂をえっちらおっちら登っていく。


「ぬわっ!? これは誠にござるかッ!?」


 そこを乗り越えた先で彼女が見たのは、眼下に広がるかなり大規模なオアシスだった。


 丘を下りきった所にあるそこは、中央の大きな湖を中心に、それを囲う様にナツメヤシなどの乾燥に強い植物が群生していて、さながら陸地から隔絶された島の様だった。


 ミフユから見てその奥の方には、やや規模の大きい村があり、現在彼女がいる湖の脇を通る道は、その中央で左右に延々と続く道と丁字路になっていた。


「幻だったら泣くしかないでござるなぁ」


 口では慎重なことを言うが、すでに身体はウキウキで丘を下っていた。


 オアシス自体は実在し、ミフユは久しぶりということもあり、気が済むまで存分に水浴びをした。その結果、村に到着したのは日が傾き始めた頃になっていた。


「あっれー?」


 身ぎれいになったし、ならば次は腹を満たそう、とミフユは木の実を探したが、いくら探しても何もなっていなかった。


 そう見えないだけで、実はきっちり農業しているのか、と思い、手持ちもあるので金を払って食事をしようとした彼女だったが、村に誰も住人がおらずひどく困惑する。


「いよいよおかしいでござるなぁ」


 しかも、1週間ぐらい前まで人が住んでいた形跡もあり、まるで唐突に村民全員が消えてしまったかの様に思えた。


 原因を究明しようとするには、エネルギーが足りないので棚上げし、ミフユは食べ物と水の確保へ再びオアシスへと向かった。


 湖畔にやって来たミフユは、ふちから少し離れた所の地面をその辺にあったやや大きめの石で掘ると、じんわりと水が湧き出して水たまりになった。


「ふむ。飲めなさそうではないでござるな」


 一切濁りも匂いもなく、すぐにでも飲めそうだったが、ミフユはそれをベコベコにへこんだ携帯用の小鍋ですくい、予備の手ぬぐいでそれを別の小鍋へと濾過ろかする。


 している間に、そこの辺に落ちている枝をかき集め、道中で拾っていた転がる草に火打ち石で着火してたき火を作る。


 まだ濾過が終わるまでは時間が大分ありそうだ、と思ったミフユは、


「さて、何か食べる物でもないでござるかな……」


 たき火からあまり離れない様にしつつも、食糧を求めて辺りの雑木林を探る。


 しかし、やはりナツメヤシ他の果実は1つも無く、湖の中にも住人が放していても良いはずの魚もいない。

 それどころか小動物さえも見かけず、あるものといえばサボテンぐらいのものだった。だが、それも実は取られた形跡があり、葉と茎以外は何もない。


「せめて虫の1匹でもいないでござるかな……」


 ミフユは死んだ魚の目で、仕方なくサボテンの中身をかじりながら、丘に沿って外縁部の方へとたいまつを手に歩みを進める。


「最悪ネズミの類いでも良いんでござるがなあ……」


 うっすらと真北の空に浮かぶ星で、方角をこまめに確認しながら、月の光を頼りに彷徨さまよっていると、行く先の方から何者かの気配がこちらに近づいてきた。


 夜目が利くミフユがその方を見ると、それはかなり筋骨隆々な戦士達と思われる小集団だった。


「こいつは行幸、でござるな」


 何か食べ物を分けて貰おうと、たいまつを左右に振りながら、おぅい、と声をかけると、


「あの変な格好、旅人じゃなさそうだな! 攻撃開始いいいい!」


 ミフユの姿を見て、思い切りそんな勘違いをした男達は、魔力を付与した矢やら、投げ物の刃物やら、火属性の魔法弾やらがガンガン飛んできた。


「おわーッ! 怪しい者ではないでござるよーッ!」

「ダマされるかー!」


 それを見て慌ててきびすを返したミフユは、オアシスの方に走って逃げながら釈明するが、男達は聞く耳を持たず、追跡しつつ攻撃を加え続ける。


「もう、いきなり何なんでござるかぁ……」


 当然の様に余裕で逃げ切った彼女は、元の場所に帰って火を一旦消し、鍋と荷物を茂みに隠し、続いて自身もその中へと身を潜めた。


「ん?」


 その右足が微かに沈んだのを感じて視線を向けると、網をつり上げるタイプの動物用の罠がそこにあって、


「あー、やっちまったでござる……」


 すでに発動していたため、20メートル程ある木の中ほどの高さにつり上げられてしまった。


 しかも、得物の刀は鞘ごと外していたため、地面に残されてしまい、さらに運の悪いことに、網が脚に絡まって逆さまな状態で動けなくなってしまった。

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