第2話

「うー、ここからだと、受け身をしくじれば流石に死ぬでござるな……」


 ミフユは風の魔法が使い手で、網を切って脱出はできたが、威力の微調整が不得手であるリスクを考えてそれは選択しなかった。


「小刀で慎重に切るし――」


 なので、バランスを見つつ網を切って脱出しようと、焦らず騒がず懐の作業用ナイフを探ったが、


「あれ?」


 入れたはずの所には財布しかなかった。


「あっ、昨日折ったんでござった……」


 昨晩のこと。ミフユは排泄はいせつ物用の穴を掘るために、横着してそれを使い、埋まっていた石にぶつけてしまってへし折っていた。


 それを受けて、うーむ、と腕組みをしたミフユは、


「たーすけてー……」


 非常に情けない声と顔で、すっかり夜が更けた空に向かって助けを求めた。


「ああー……。頭に血が上ってるでござるー……。こんな情けない死に方はいやでござるー……」


 一晩中そのままだったミフユは、流石にもうリスク覚悟で縄を切ろう、と決断したところで、


「おいかかってるぞ! まだ生きてるな! ジョン! 矢をかけろ!」


 おっかなびっくり、といった様子の戦士の男とその仲間数人がやって来て、脂汗をかきながらそう叫んだ。


「まて、アイツお面してないぞ」

「しかもあれ女の子じゃないの。男しか居ないはずでしょ?」

「あ、本当だ」


 弓兵の男と戦士の女性が気付いて指摘すると、指示した男もそれらに気が付いた。


「とにもかくにも助けて欲しいでござる……」



                    *



「すまないね。ウチのバカ息子達が」

「いいでござるよー。こうしてご馳走ちそうになっているでござるし」


 助けて貰ったミフユは、木箱に板を渡した急ごしらえの会議机で、もっもっ、とライ麦パンを食べつつ、あっはっは、と高らかに笑う。


「だってかーちゃん、コイツ怪しいんだもん」

「なんか変な格好してたし」

「黙りな! ちゃんと確認せずにぶっ殺して、それが助けに来た人だったらどうすんだい!」

「ごめんなさい……」


 ミフユを追いかけ回した長男と、彼女に矢をかける様指示した次男は、村長を務める母から怒りの鉄拳で説教を喰らっていた。


「まあそれは良しとして、なぜこのような所に隠れているのでござる?」


 水をあおったミフユは、人の手によって緻密に掘られた、赤茶色の洞窟を見回しつつ訊ねる。


 彼女がいる場所は、ミフユが登ってきた丘の、右端の位置に存在する数十年前まで現役だった、岩山をくりぬいた要塞の最上部に位置する司令室だ。

 それはミフユが登ってきた丘からも、もちろん村のある位置からも、存在が分からない様に作られたもので、総延長はかなりのものとなっている。

 

「簡単に言うと、どっかから来た強盗団が、アタシが留守のウチに役場を乗っ取っちまってね。んで、支配者ぶって略奪を始めたからここに逃げたわけさ」


 平和ボケしてたとはいえ、まったく情けない話だよ、という恰幅かっぷくの良い村長は、忌々しそうな様子でそう言いパイプをくゆらせた。


「ふむ。そのお話、詳しく聞かせていただきたいでござる」

「いいけど、面白くもない話だぜ――」





 1週間ほど前のこと。人通りがめったにない、西の街道から商人を装った幌馬車で、総勢25名の黒い覆面を被った強盗団が村に侵入した。


 一応、自由都市から保安官は派遣されていたが、強盗は真っ先に連絡手段をもつ彼らの事務所を襲撃し、勤務していた10人を瞬く間に殺害した。


 次に、村の命運をかけて試験中の灌漑かんがい農場視察のために、村長が外出中で護衛の腕っ節の強い男達も不在である、役場に襲撃をかけ、これを占拠してしまった。


 すぐさま、略奪を開始した強盗団は、抵抗する村民を殺して食糧を強奪し、若い女性を誘拐するなど暴虐の限りを尽くした。


 その圧倒的な暴力の前に、長年の間集団との争いを経験したことのない村民達は、最初の略奪行為を受けた後、夜を待ってこの要塞へと全員で籠城するしかなかった。


 ちなみに、自由都市の庇護ひごを受けるようになってから、要塞を食糧の備蓄庫として使っていたため、幸い、村民300名あまりが1ヶ月は食べていける程の食糧は確保できている。


 とはいえ、傭兵帰りの戦士達はいるにはいるため、奪還のためにゲリラ攻撃を試みてはいた。


 しかし、練度の差もあって、特に目立った被害を与えられず撤退する、というのをこの1週間繰り返していた。





「しかし、傭兵ようへい団などに助けを求めないのでござるか?」

大博打おおばくちやってるせいで、買収されない額を払うだけの金がなくてね」

「なるほど。では拙者が退治いたしましょう」


 一宿一飯の恩、とでも言っておきましょう、と格好つけつつ、ミフユは悩める村長にそう提案し、山羊やぎのミルクをグイッと飲む。


「あちち……」


 しかし、それは十分に冷めていなかったため、ミフユはちょっと口の中を火傷やけどした。


「あのねえ。若いからって何でも出来る気でいると、痛い目を見るよ」


 氷魔法で作って貰った氷を口内で転がすミフユへ、村長は諭すようにそう言った。


「心配には及ばんでござるよ。拙者、生まれも育ちも『輪の国』神州かみす。大神様で産湯をつかりました、風の吹くまま足の向くまま、諸国しょこくを旅する根っからの風来坊。姓はオオシオ名はミフユ。人呼んで『神速のミフユ』でござる」


 立ち上がったミフユは、いつもの様に朗々と声を張り、1つに結んだ長い髪をふる仰々しい動きを交えて、そう口上をあげて見得みえを切った。


「こいつ頭おかしいんじゃないか?」

「ゴラァ! 失礼な事を言うんじゃ無いよ」

「いでっ」


 長男が眉をひそめてつい口走ると、村長はその頭をはたいて叱った。


「ううむ……。やはり名は知られてないでござるか……」


 つい先日も似たような反応をされていたため、ミフユはその場に膝を抱えて座りながらねた。

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