第3話

「まあとにかく、できたらで良いから、どっかの酔狂な連中でも連れてきておくれよ」


 ほとんど期待していない様子で、ミフユへそう頼んだ村長は、2日分の保存食を持ってくる様に近くにいた秘書へ指示した。


「そんな余裕ないだろ母ちゃん!」

「ああ。だからこの人に迷惑かけたあんたらの分だよ」

「えっ、俺達1日メシ抜き?」

「おう、良く分かってるじゃないか」


 不平を漏らそうとした息子達は、村長の鋭い眼光による牽制に、二の句を継ぐ事が出来なかった。


「ところでどっちから来たんだい。あんた」

「北の街道でござる。ちなみに、戻る予定はないでござるよ」

「そうかい。ならここから人の足で東に2日いけば、そこそこの規模の街があるよ」

「かたじけない」


 夜を待って出立、ということになり、ミフユは住民の居住スペースの空いている一角に一時滞在する事となった。


 だが、住民からの好奇の目に延々とさらされるので、今は家畜置き場になっている、下からは見えない構造の砲台があったテラス状の部分に移動した。


 そこには世話役兼見張りの幼い少女がいたが、彼女は山羊の世話をしていて、ミフユにはそこまで興味がなさそうにしていた。


 開口部の左端に、風で削られたちょうど良いくぼみがあり、ミフユは顔に笠を被ってそこにゆったりと座った。


 かなり風通しが良いので家畜の臭いは全くせず、時々山羊の鳴き声が聞こえ、その場の雰囲気だけは牧歌的だった。


「……ねえ」

「んむ?」


 まさかその少女が話しかけてくるとは思わなかったミフユは、やや鈍い反応で笠を少しだけあげて彼女を見る


「お姉ちゃんって、強い人なんでしょ」

「ご推察の通り」

「ご、ごすいさつ?」

「当たりって事でござる。で、どんな用でござるか?」


 半身を起こしてしゃがみ、目線を合わせたミフユは、ニッと笑って少女に問う。


「お母さん、いなくなっちゃったの……。あの怖い人達が、つれていったんだと思うの。だから……、おかあさんを、助けて……っ」


 懸命に泣かない様、声を震わせて頑張っていた少女だが、耐えきれなくなってぶわっと泣き出してしまった。


「よしよし。とても怖いし、とても寂しいでござるよな」


 ミフユは、うんうん、と頷いて、嗚咽おえつする少女の頭を優しく笑って撫でる。


「拙者に任せておくでござる。きっと母上を助けてあげるでござる」

「うん……」

「では拙者はしばしお昼寝するので、日が沈む頃に起こして欲しいでござる」

「わかった」

「うむ。ところでお主、名は?」

「アリア……」

「ではアリア殿、少しでも気が紛れる様、これをあげるでござるよ」


 ミフユは懐に手を入れると、中から色の付いた紙を取りだし、スナップを効かせてそれを振ると、一瞬で折り鶴へと変わった。


「すごい……」

「喜んでもらえたようで何よりでござる」


 その手品に、少女の目から止めどなく流れていた涙が止まり、彼女は目を輝かせてそれを受け取った。


 しばらくして、日が完全に沈み、荒野が宵闇に包まれた頃。


 ミフユは天然洞窟に偽装された出入り口から、こっそりと要塞を出発した。


「さてと。ああ約束した以上、気張らないといけないでござるな」


 茂みの中を進むミフユは、ごく小さな声でそう独りごち、獣道に偽装した、東の街道への抜け道を逸れて村の方へと歩みを進める。





「ふう。ションベン、ションベンっと」


 たいまつを手に相方と村内の見回りをしていた、強盗団の一味の小男が、茂みに少し分け入って用を足す。


 初日にまんまと村民に逃げられてから、強盗団は2人1組で見回りを立てていた。


 それを終えてスッキリとし、さあ戻ろう、としたとき、


「やあ。ご機嫌よろしゅうでござるかな?」


 背後から脇差が首筋に当てられ、ミフユからコソコソ声で気安い挨拶をされた。


「ヒッ――」

「安心いたせよ。殺しはしないでござるから」

「うッ」


 ミフユはそう言って、柄の先で男のこめかみを殴って気絶させると、男のしていた派手な猿のお面を剥ぎ取った。


 ふむ。これが例の。この男ならば、変装すればバレまい。


 月明かりで鼻筋が赤く、頬が青いお面を見ていると、


「! グ――ッ」


 怪しい気配を感じ取っていた、スニーキングスキルに秀でる相方が、ミフユの背後に忍び寄っていた。

 それに彼女が気が付いた瞬間、首筋に当てられた男の指先から、雷属性魔法が発せられ気絶させられた。


 南無三、と心の中で唱え、どしゃ、とミフユは崩れ落ちた。


「おい。起きろ馬鹿野郎」


 やや細身の男は雷属性魔法で相方をたたき起こし、落ちている彼のたいまつを拾う様に言う。


 男は苦しそうな表情で気を失っているミフユを拘束し、小脇に抱えてアジトの役場へと連れて行く。



                    *



「うっぐ、う……。ふ……」


 強盗団に捕らわれたミフユは、後ろ手に縛られた状態で逆さづりにされ、魔法を込めたロープに締め上げられる拷問を受けていた。


「く……。このような事、いくらやっても無駄で――うぐっ」


 ふんどしだけの姿に剥かれ、あらわになった引き締まった身体に、蛇の様に動く縄が容赦なく食い込み、ミフユはごく短い悲鳴を上げた。


「どう見ても効いている様だが?」


 この縄は痛みと快楽の両方を同時かつ強制的に与える事で、精神も身体も弱らせる、というかなり悪質な魔法がかけられている。


「やだなあ、拙者そんな好きも……、ひゃんっ」


 時々身体をびくんびくん、と反らし、とろけた顔をしているため、完全にうそだということが丸わかりだった。


「俺達に手を出したんだ。生半可で終わると思うなよ」

「あー、あっ、あ……っ」


 男が指を鳴らすと、縄が細かく別れながらミフユの身体中をいずって、その魔法の効果範囲を拡大した。


 それがさらにミフユの精神を追い詰めている、と男達は思っていたが、


「んん……。いやあ、良い感じにほぐしてくれるでござるな。おかげで寝違えが治ったでござる」


 彼女がそう言うと同時に、彼女の腕と足を拘束していた縄が切れ、直後に魔法縄も細切れになってしまった。


「ダマして悪かったでござる。魔法縄以外は全部作戦の内なのでござるよ」


 スタッと着地したミフユは、手刀から風の刃を発生させて、拷問に加担した連中の肩の筋だけを斬って悶絶もんぜつさせた。


「2、3日痕が残りそうでござるなあ……」


 ふう、と一息吐いたミフユは、ウネウネと自身の色白な肌をう赤い痕を見て、そう言うと、その辺に雑に放置されていた服やらを着る。


 ちなみにこれから3日後、前衛女性画家に水浴び中に見付かり、モデルになってくれ、とミフユ並の健脚で延々追い回されるハメになるが、それは別の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る