最終話

「――ぬ。これを」

「かたじけ、ない……」


 弱々しく倒れているイブキのあられもない姿を見て、すかさずミフユは合羽をかけた。


「クソッ!」


 気取られずにわな易々やすやすと突破して現われた彼女を見て、フウゲツは屈強な自警団の男達を壁のように並べた。


「やれやれ。少し自らが打って出たと思えば、最後は他人任せでござるか」


 情けない事この上ない、と1つ息を吐いたミフユは、『雷電』を抜きそれを力感なく中段に構えた。


 目を閉じて息を吸い、吐きながら高速詠唱をすると、『雷電』のつばから神州かみす語の円陣が顕現し、ミフユの1つに結んだ髪がそこから発生する風にそよいだ。


「うるさい! 貴様らはいつもそう――」

「己の憤怒ふんぬのために、傀儡くぐつ術という禁術に手を出すなど、言語道断でござる」


 ミフユは最後まで言わせずに、ゆっくりと『雷電』を振り上げ、1歩も動かずに真っ直ぐ振り下ろした。


 直進する風の刃だと思ったフウゲツは、その太刀筋に合わせて人質を縦に並べたが、


「うるさいだま――、ギャアアアアッ!」


 風の刃はいくつもの小さなそれとなり、操っている糸と、フウゲツの身体の筋を切り刻んだ。


 フウゲツはとっさに痛みを堪える呼吸で、逃げの1手を打ったが、半身を起こしていたイブキが生成して放った、両端に重りが付いた鎖に足をとられ転倒した。


 フウゲツが使っているそれとは別系統である、魔力を発散させる術の刻印がされていて、彼女は抵抗する間もなく速やかに無力化された。


「なぜその力を持って、里を支配しようとは思わず、浪人などしているのだ……」


 その手をイブキの作った手錠で、ミフユに後ろ手に拘束されながら、フウゲツは彼女に問う。


 その間に、イブキは式神のカラスを作って、周辺にある里の者が隠れ住む村へ、フウゲツ捕縛の連絡を飛ばした。


「んー、特に理由はないでござるがな。強いて言うなら、里という井の中よりも、大海を知る方が楽しいから、でござる」

「なに……? そのような意味もなく彷徨さまようなど、人のする事ではないだろうが!」

「結局、お主は里にこだわりすぎなのでござるよ」


 訳が分からない、といった様子でうごめくフウゲツに、イブキの手当を終えたミフユは、冷やかな哀れみの表情で見下ろしてそう言った。


「さて、依頼を果たすでござる。立てるでござるかイブキ殿」

「すいやせん、肩を……」

「うむ」


 その後、ミフユは気を失ったフウゲツに一瞥いちべつもくれる事無く、イブキに肩を貸して泉へと歩き出した。


「あれま、れてるでござるな」

「……でやんすね」


 2人は小川を見つけたが、そこにはせせらぎはなく、湿っているだけでコケに侵食されつつあった。


 それに沿って、ややきつい傾斜を登っていくと、


「おや、大本からでござったか」

「でやんすね」


 赤い大岩の間に、水が溜まっていたであろう痕跡があった。


「水脈が変わったんでんすかねえ」

「んー、そんな大地震が起きた、という覚えはないでござるからなあ」

「でやんすよねぇ……」


 となると、とつぶやいたミフユは、風の力も使って樹冠の遥か上へと大ジャンプした。


「どうされたんで?」


 しばらくしてゆっくりと降りてきたミフユを見上げながら、イブキは彼女に問う。


「変わった原因は人為的なものでは、と思って確認したのでござる」

「して結果は?」

「案の定でござった。この森の先にある山の山腹で、採掘をしているでござるな」

「なんですと?」


 ミフユが見たものは、明らかに人為的に削られたトンネルの一部と、その下方のトンネルから流れ出る大量の排水だった。





 それを今回の騒動の顛末てんまつと共に報告された自衛団長は、


「な、なんということだ……」


 予想しようもない内容に、開いた口が塞がらない様子だった。


「では下手人はそれを悟られないために……?」

「いや、あやつは偶然流れ着いただけでござる」

「なるほど。では、疑う訳では無いが、この目で確認させてもらっても?」

「うむ。案内するでござる」

「ありがたい」


 唖然としていた団長だったが、表情を引き締めると、ミフユを真っ直ぐ見据えて礼を言った。


 その現場まで団長は村役人1人を連れて馬に乗り、ミフユとイブキを連れて確認しにいくと、そこにいたのはよそ者ではなく村の人間だった。


 生活を支えてきた水が失われた、という凄惨せいさんな状況だけでなく、原因が生まれ育った村の蛮行だと判明し、


「なんという、事だ……」


 団長は両手を怒りに震わせながら、ただ静かに一言そう言った。


「申し訳ない。祝宴どころの騒ぎではなくなってしまいそうだ」

「しようが無いでござるよ。大体、拙者は1度で終わらせられなかったでござる」


 すでに旅支度を終えていたイブキとミフユは、村へと送った団長たちに別れを告げ、再びあてのない旅へと戻っていった。


「救われねえ話、でんしたね」

「うむ。人の欲とはあな恐ろしや、というところでござるな」


 気疲れした様子でそう言うイブキへ、ミフユは彼女と同じ様な調子で言い、自戒せねばな、と付け加えた。


 せめてこのくらいは、と、残り少ない湧水や食料を団長から受け取った2人は、笠を目深に被り、夕暮れの谷道を西へと歩く。


「ふふ」

「なんでござるか?」

「へへ。姐御あねごと同行する上に、衣装も同じとは、実に行幸でやんすなあ、と」

「いや、承諾した覚えはないでござるが……」

「せ、殺生なぁ……。お願い致しやす姐御! あっし飯を作るのは得意中の得意でんすよ!」

「……腕を証明できるものは?」

「へい。こちらを」


 イブキはすかさず、背嚢の横についたポケットから竹筒を取り出し、その中の兵糧丸をミフユに差し出した。


「ふむ……。――ッ!」


 自分で作るとどうしてもマズくなるが、イブキの作ったそれは絶品で、カッ、とミフユは目を見開いた。


「……し、しょうがないでござるなぁ」

「へへっ。末永くよろしくお願い致しやす姐御!」


 大体に料理の腕が壊滅かいめつ的なミフユには、その腕は多大なるメリットであったため、彼女はあっさり人生初の舎弟を抱える事と相成った。

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浪人・ミフユ放浪記 ~自由の街の大魔導外伝~ 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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