最終話
「――ぬ。これを」
「かたじけ、ない……」
弱々しく倒れているイブキのあられもない姿を見て、すかさずミフユは合羽をかけた。
「クソッ!」
気取られずに
「やれやれ。少し自らが打って出たと思えば、最後は他人任せでござるか」
情けない事この上ない、と1つ息を吐いたミフユは、『雷電』を抜きそれを力感なく中段に構えた。
目を閉じて息を吸い、吐きながら高速詠唱をすると、『雷電』の
「うるさい! 貴様らはいつもそう――」
「己の
ミフユは最後まで言わせずに、ゆっくりと『雷電』を振り上げ、1歩も動かずに真っ直ぐ振り下ろした。
直進する風の刃だと思ったフウゲツは、その太刀筋に合わせて人質を縦に並べたが、
「うるさいだま――、ギャアアアアッ!」
風の刃はいくつもの小さなそれとなり、操っている糸と、フウゲツの身体の筋を切り刻んだ。
フウゲツはとっさに痛みを堪える呼吸で、逃げの1手を打ったが、半身を起こしていたイブキが生成して放った、両端に重りが付いた鎖に足をとられ転倒した。
フウゲツが使っているそれとは別系統である、魔力を発散させる術の刻印がされていて、彼女は抵抗する間もなく速やかに無力化された。
「なぜその力を持って、里を支配しようとは思わず、浪人などしているのだ……」
その手をイブキの作った手錠で、ミフユに後ろ手に拘束されながら、フウゲツは彼女に問う。
その間に、イブキは式神のカラスを作って、周辺にある里の者が隠れ住む村へ、フウゲツ捕縛の連絡を飛ばした。
「んー、特に理由はないでござるがな。強いて言うなら、里という井の中よりも、大海を知る方が楽しいから、でござる」
「なに……? そのような意味もなく
「結局、お主は里に
訳が分からない、といった様子で
「さて、依頼を果たすでござる。立てるでござるかイブキ殿」
「すいやせん、肩を……」
「うむ」
その後、ミフユは気を失ったフウゲツに
「あれま、
「……でやんすね」
2人は小川を見つけたが、そこにはせせらぎはなく、湿っているだけでコケに侵食されつつあった。
それに沿って、ややきつい傾斜を登っていくと、
「おや、大本からでござったか」
「でやんすね」
赤い大岩の間に、水が溜まっていたであろう痕跡があった。
「水脈が変わったんでんすかねえ」
「んー、そんな大地震が起きた、という覚えはないでござるからなあ」
「でやんすよねぇ……」
となると、とつぶやいたミフユは、風の力も使って樹冠の遥か上へと大ジャンプした。
「どうされたんで?」
しばらくしてゆっくりと降りてきたミフユを見上げながら、イブキは彼女に問う。
「変わった原因は人為的なものでは、と思って確認したのでござる」
「して結果は?」
「案の定でござった。この森の先にある山の山腹で、採掘をしているでござるな」
「なんですと?」
ミフユが見たものは、明らかに人為的に削られたトンネルの一部と、その下方のトンネルから流れ出る大量の排水だった。
それを今回の騒動の
「な、なんということだ……」
予想しようもない内容に、開いた口が塞がらない様子だった。
「では下手人はそれを悟られないために……?」
「いや、あやつは偶然流れ着いただけでござる」
「なるほど。では、疑う訳では無いが、この目で確認させてもらっても?」
「うむ。案内するでござる」
「ありがたい」
唖然としていた団長だったが、表情を引き締めると、ミフユを真っ直ぐ見据えて礼を言った。
その現場まで団長は村役人1人を連れて馬に乗り、ミフユとイブキを連れて確認しにいくと、そこにいたのはよそ者ではなく村の人間だった。
生活を支えてきた水が失われた、という
「なんという、事だ……」
団長は両手を怒りに震わせながら、ただ静かに一言そう言った。
「申し訳ない。祝宴どころの騒ぎではなくなってしまいそうだ」
「しようが無いでござるよ。大体、拙者は1度で終わらせられなかったでござる」
すでに旅支度を終えていたイブキとミフユは、村へと送った団長たちに別れを告げ、再びあてのない旅へと戻っていった。
「救われねえ話、でんしたね」
「うむ。人の欲とはあな恐ろしや、というところでござるな」
気疲れした様子でそう言うイブキへ、ミフユは彼女と同じ様な調子で言い、自戒せねばな、と付け加えた。
せめてこのくらいは、と、残り少ない湧水や食料を団長から受け取った2人は、笠を目深に被り、夕暮れの谷道を西へと歩く。
「ふふ」
「なんでござるか?」
「へへ。
「いや、承諾した覚えはないでござるが……」
「せ、殺生なぁ……。お願い致しやす姐御! あっし飯を作るのは得意中の得意でんすよ!」
「……腕を証明できるものは?」
「へい。こちらを」
イブキはすかさず、背嚢の横についたポケットから竹筒を取り出し、その中の兵糧丸をミフユに差し出した。
「ふむ……。――ッ!」
自分で作るとどうしてもマズくなるが、イブキの作ったそれは絶品で、カッ、とミフユは目を見開いた。
「……し、しょうがないでござるなぁ」
「へへっ。末永くよろしくお願い致しやす姐御!」
大体に料理の腕が
浪人・ミフユ放浪記 ~自由の街の大魔導外伝~ 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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