第4話

 再度森にやって来た2人は、


「……いや、正面から行くんで?」


 忍び込む等とは一切考えず、その入り口の真正面に立っていた。


「どうせどこから行っても同じでござるからな」

「その通りだ」


 森の中からどこからともない不気味な声が聞こえ、2人は素早く得物を構える。


 イブキはそのクナイを声がする方へ、目にも留まらぬ速さで投げたが、それが木に刺さる音だけが帰ってきた。


「無駄だ。シオミの」

「ふむ。木に糸をかけて振動を伝えているのでござるな」

「――どうしてその名をッ」


 独りごちるミフユをよそに、イブキは目を見開き一段高い声を出して訊く。


「どうしてもなにも、貴様と出が同じだからに決まっているだろう」

「貴様、シオミ・フウゲツかッ」

「いかにも」

「あー、噂に聞いていた、『うつけのフウゲツ』でござるか」

「その名で呼ぶなッ!」


 ミフユの挑発に乗ったフウゲツと呼ばれた女は、糸を高速で飛ばす見えない斬撃を繰り出したが、2人は同時に伏せてあっさり避けた。


「なッ」

「斬撃に使う魔力糸はどうしても地面には着かぬ物、でござるからな」


 魔力糸は地面からの魔力放射に干渉され、斬撃に使うと浮き上がってしまう性質があり、森などの魔力の放出が強い地形だと腰より下は安全地帯となる。


「貴殿、何故に強力な傀儡くぐつを求めるのでござるか?」

「何故、だと? 貴様らも抜け忍ならば分かるだろう? 特に一族の断絶に至ったオオシオの者なら」


 低い姿勢のままでいるミフユの問いに、フン、と鼻を鳴らしてフウゲツは訊き返す。


 ミフユ達の故郷は、遥か東方にある島国・神州北部の山中で、その地域の支配者の忍として暗躍する、ウシオ一門の里である。

 ウシオ一門は、ウシオ一族を筆頭に、かつてはオオシオ、シオミ、ニシオの4つの一族があり、下に行くほど地位が低く、また、それぞれ水、風、鋼、無の術を扱う。


「ただ女、というだけで実力を見ず――」

「あー、復讐でござるな。承知いたした」


 オオシオの名を出され、僅かに眉を不愉快そうに曲げたミフユは、鼻で笑いつつ、面倒くさそうにフウゲツの話の腰を折った。


 オオシオ一族は訳あって、ミフユ以外の全員が死に、お家は断絶した結果、里内では最初から無かったものとして扱われている。


「殺す……」


 馬鹿にされた事に腹を立てるフウゲツは、操っている住民を駆使して2人に襲いかかる。


「やれやれ、芸のない事でござるな」


 ミフユはすっと立ち上がって、今度は下段に構えた刀をさか袈裟けさに振るい、再びつむじ風を起こして傀儡くぐつになった人々を巻き上げた。


「イブキ殿!」

「へい!」


 声をかけられたイブキは、地面から対魔法刻印を施した巨大な手裏剣を生成し、つむじ風の下に向かって投げ、人々を操っている背中から伸びる糸を断ち切った。


「――その程度で、勝った気になるなよ!」


 共同作業をした2人の隙を突いて、フウゲツは地面に仕込んでいた網を魔力で引き上げ、地引き網の要領で2人を捕らえようとする。


「あッ、くッ!」

「イブキ殿ッ!」


 ミフユは勘でとっさに跳んで避けたため、イブキだけしか絡め取る事が出来なかった。


 そのままイブキは、高速で森の中に引きずり込まれていった。


「ぐ――ッ! あッ! がッ! ぐ、あ……」


 その際、木々や地面で身体を痛めつけられ、イブキが森の最深部にいるフウゲツの元に到着したときには、


「いい格好だな」

「か、は……」


 頭から血を流し、全身ボロ雑巾の様になった彼女は、ぐったりと地面に横臥おうがする事しか出来なかった。


 浅い息をするイブキをそのまま空中ではりつけにし、土にまみれたイブキの顎を、くい、と指で持ち上げた。


「くた、ばれ。この、うつけ、が……」


 イブキはどう痛めつけようか、と下品で愉快そうな笑みを浮かべるフウゲツの顔に、罵倒と共に唾を吐きかけた。


「もっがッ」


 一転、目の端をつり上げたフウゲツは、イブキの口の中に糸を入るだけ詰めて口を塞いだ。


「立場が分かっていないようだな」

「む、ぐ――ッ」


 裂けんばかりに口角を上げ、フウゲツはイブキの服の下に糸を通すと、一気に引っ張り上げて切り裂き全裸に剥いた。


「素肌にむちを受けると、どれ程の痛みがはしるだろうな? そら」

「ぶっ! むううううっ!」


 フウゲツが指を鳴らすと、周囲の糸が寄り集まってむちになり、イブキの肌を何度も打ち据える。


「冷たい女だとは思わないか? 相棒の危機に怒りもしないではないか」

「――ッ。う、ぐ……」


 彼女の悲鳴でミフユの動揺を誘おう、という意図での行動だが、彼女は激昂げっこうした叫び声も、止めるように請わんとするそれもない。


「では、苦痛の種類を買えてみるとしよう」

「うッ!?」

「どうした? 房中術の手ほどきは受けただろう?」

「ンン……ッ」


 に触れただけで、顔に朱が差したイブキに、その背中に回ったフウゲツが、加虐的な笑みと声と共に彼女を煽る。


 これ以上、生き恥をさらすならば、身内の恥もろとも……。


 フウゲツに身体を弄ばれながらも、イブキは血からとげを生成してガンガゼの様になり、自らも穿うがつ自爆技を準備しながら、フウゲツが射程圏まで接近してくる瞬間を待つ。


 そんな中、突然に森の中とは思えない程の突風が吹き、イブキをはりつけにする霞網かすみあみの支柱になっている木が、ピンポイントで切り倒された。


「チィッ!」


 糸を生成して投網にし、地面にうつ伏せに倒れているイブキを回収し、人質にしようとしたが、


「姐御……」

「いかにも。ご苦労でござった」


 彼女を守る様につむじ風が発生して、網が吹き飛ばされ、木の葉混じりの風が止むと同時に颯爽さっそうと三度笠に合羽かっぱ姿のミフユが現われた。

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