第5話

「むっ」


 ミフユは常人よりもはるかに速く刀を抜こうとしたが、僅かに油断していた事もあって、猛獣並の男の速さに半分程までしか抜けず、仕方なくひらりと背面宙返りでかわした。


 男はすぐさま急ブレーキで反転し、着地後すぐ居合いの型に構えたミフユと対峙する。


 小さくてすばしっこい相手は捕まえてしまえばいい、と。ふむ、少しはやりそうでござるな。


 相手の構えは握り拳ではなく開いていて、得物はもちろん、身体に防刃の魔法術式のタトゥーが彫ってある。


 ミフユはそこから、相手が対刃物使いに特化している、と考察した。


 では軽く小手調べといこうでござる。


 ミフユは素早く刀の柄から手を離して、左手から風手裏剣を数発相手に放った。


 男は一切動じることなく、手裏剣へジャブを繰り出し、得物のナックルダスター部分で打ち消した。


「剣士のくせに小細工か?」

「拙者の剣は、勝利する事を何より尊ぶゆえ」


 挑発してくる男へ、ミフユは早速有言を実行するため、含み針の要領で目を狙って針状の風の塊を飛ばした。


「何かしたか?」


 それを見切った男は、虫でも払うかの様に手を振ってそれをたやすく防いだ。


 続けて、こっそり柱の陰に隠して集めていた、辺りのちりの塊を相手に放ったが、男は回し受けをしてそれを散らしてしまった。


「来ないのならば、こちらから行かせて貰う」


 ミフユの小細工3連発にしびれを切らした男は、そう言うとスッとその場にしゃがみ込み、


「――ッ」


 超高速で上体を完全に起こさず前方方向へ立ち上がり、勢いそのまま、先程よりもさらに低く速いタックルを繰り出す。


 ミフユは油断なしの『神速』の居合いでそれを迎え撃つも、男は太刀筋を必要な分だけタックルの軌道をずらし、刀身を掴んで自分の方へミフユを引き寄せる。


 すかさず、彼女は懐からくすねたナイフを取りだし、男が自分の勢いでその切っ先が心臓に刺さる様に構える。


 それは、ミフユが事前に対防御魔法の術式を仕込んでいて、もくろみ通り防刃の術式はすり抜けたが、


「なっ」


 男の地の皮膚と筋肉の硬さでナイフをへし折ってしまった。


「ぐぅッ」


 そのままタックルをモロに喰らったミフユは、腰の辺りを抱えられて軽々と後ろの壁まで運ばれた。


「げあッ! が……ッ」


 建物が揺れるほどの勢いでモルタル塗りの壁に衝突し、ミフユの身体は壁と男の大胸筋に挟まれ、口から大量に血を吐きながら潰された。


「……なに?」


 ――かに思えたが、ぽん、という間の抜けた音と共に、その姿が道中合羽へと変わった。


 それと同時に、男の背後に天井に貼り付いていたミフユは、ぬらり、と降り立つやいなや踏み込み、超速の突きを繰り出した。


 男は、ギュルリ、と身を捻って振り返り、突きを右腋の下にくぐらせておいて、ミフユの手から刀を左手ではたき落とした。


「あッがッ! グッ……!」


 そして彼女の突っ込んでくる勢いを利用した、強烈なラリアットで床にひっくり返した。


「ぬぅん!」

「げ、ほ……ッ」


 彼女は姿勢を直す間もなく、男のエルボードロップを腹に喰らい、くの字に曲げながら吐血し、仰向あおむけのまま苦悶くもんの表情で身体をうごめかす。


 その髪をつかんで強引に立ち上がらせると、男は右拳と膝を何発も入れて、ミフユの身体を破壊していく。


 男が攻撃の手を止めると、ミフユは、ヒューヒュー、と呼吸しているのが精一杯の状態になっていた。


「素直に情報を吐いていれば楽に死――なにっ?」


 男がトドメを刺そうと首を絞めたが、その顔はのっぺらぼうになっていて、鼻の位置に「たわけ」と書かれていた。


 そして先程同様、間抜けな音と煙がミフユの身体から飛び出し、今度は合羽の下に着ていた着物に変わった。


「チッ、どこまでも姑息こそくな奴め」


 直後、背後から悪寒を感じた男は着物を投げ捨て、板の打ち付けられていない窓を突き破って脱出した。


 つい一瞬前まで男がいた空間を、ミフユが脇差で放った風の刃が通過していった。


「うむ、やはり全力を出せないのは面倒でござるな」


 柱の陰に隠れていた本物のミフユは、首を捻ってそう言いながら『雷電』に持ち替え、男を追って外へ飛び降りた。

 彼女は下半身ははかま姿だが、上半身は胸に巻いたサラシのみの姿になっている、


 彼女は軽やかに着地して、先程と同じ構えをしていた男と再び対峙する。


「うーん、まだ危なそうでござるな」


 辺りをキョロキョロと見回してそう独りごちたミフユは、村の外へと向かって走り出した。


「待て! 逃がすか!」


 敵前逃亡を試みた、と思った男は、髪の毛を逆立てる様な勢いで怒り、彼女をその予想通りに追跡してくる。


 思った通りとはいえ、結構速いでござるな!


 長距離はそこまででもないだろう、と流して走っていると、間をグイグイ詰められたため、ミフユはちょっと驚いて加速した。

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