残夜

清野勝寛

本文

残夜



 夜は嫌いだ。余計なことを考えてしまう。

――良いことなど何もない。何をやっても上手くいかない。仮に自分が上手くいったと思っていても、それよりももっと偉業を成している人は山といる。「お前みたいな奴は五万といるよ」って、そりゃそうだ、五万といないことをしていない人間なんて、指折り数えるほどもいないというのに。それ以外に自分が該当しているだなどど、自身を神様か何かと勘違いしているとしか考えられない。こんな五万とある蟻のような自分が、生きている意味などあるのだろうか。答えは既に分かっている。誰かと生きているわけでもない。誰かに必要とされているわけでもない。俺にはそれが、何よりも耐え難い。そうだ、もういっそ死んでしまおう。仮に死が解放でなく、無間地獄だろうと無であろうと、今の現状よりは幾らかマシではないだろうか。

「――熱っつ!」

 指先に熱が落ち、椅子の上で跳ねる。煙草の灰が指に落ちたのだ。大きな舌打ちが出た。怒りに身を任せて、テーブルの上にあるもの全てを投げ飛ばしてしまおうかと思ったが、後片付けのことが一瞬頭を過り、思いとどまる。言葉にすることの出来ない思いは、深い溜息となって吐き出された。

 あぁ、俺はなんて凡庸なのだろう。怒りに身を任せることすら出来ない。まるで羽ばたくことの出来ない雛鳥だ。いや、この歳で雛はないか。成長した鳥が、羽ばたけないとなったら、どうなるのだろうか。地を這いつくばって生きるしかないのだろうか。それとも、飢えて死ぬのだろうか。


 明日も早いというのに、眠れない。

瞼の裏には、いつか想像した未来。既に届くことの叶わなくなった夢が見える。このまま目を閉じていれば、そこにいられるのだろうか。……もしもそうなら、いよいよ生きていることに、何の魅力も感じないな。

 体は睡眠を求めて、脱力しているのに、頭はずっと冴えている。それにだんだん腹が立ってきて、また眠気を失っていく。そのまま何日も眠れない日が続けば良いのに、どうせ夜明けが近付く頃にはすっと意識を失うのだ。それがまた腹立たしい。いっそそのまま正気でも失って、奇人として報道されて囚人にでもなればいいのに。誰かに語るようなものでもない、「ありきたりな人生」「凡庸な人間」からどうあがいても抜け出せない。


 カラスが鳴いている。原動機付自転車の走行音が聞こえる。朝刊の配達が始まったのだろう。ずいぶん早起きで、勤勉だ。羨ましい才能とさえ感じる。俺はもう、そうはなれない。どうしてこうなってしまったのだろう。何故上手くいかないのだろう。理想が高いのだろうか、努力が足りないのだろうか。そのどちらもか。その一言で解決するような悩みを、人は悩みとは呼ばないのだ。


 そうして結局、俺は意識を手放した。朝など来なければ、と祈りながら。







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残夜 清野勝寛 @seino_katsuhiro

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