異界の束縛

 俺はいねばならないのだろうか……。


 最後に見たましろの泣き崩れる様が今も脳裏に焼き付いて離れないでいる。

 悲痛よりも歓喜で泣いている姿は、まるでプロポーズされて嬉し泣きする恋人のようだった……。


 思い起こせばあの日の夜、一報の訃報と共にましろの変わり果てた姿を目の当りにした。


 十字路交差点でフラフラと路上に飛び出して、トラックにねられて死んだ。


 それが経緯だった。

 両親がましろの亡骸なきがらすがり付き、泣きじゃくる姿は痛ましくもあったが、複雑な心境のままでいた。


 死去の悲しみよりも、解放される喜びが勝りそうだったからだ。


 そんな心境の中、葬儀そうぎはしめやかにり行われて、何もかもがとどこりなく終わる。

 そう思っていた……が、初七日を迎える今日まで気が休まる日はなかった。


 それは怪奇現象に悩まされたからだ。


 通夜を過ぎた辺りから、異様な気配を覚えるようになる。

 自室でパッキン、パンパンとラップ音が木霊す。

 人がトコトコ歩き回る足音が聞こえる。

 ジッと見詰める人の視線を感じる。

 それだけでは、済まなかった。俺の後を付け回す足音も聞こえてくる。それは自由に成った喜びをみ締めるような足音に聞こえていた。


 自宅に居ても気が休まらなかったから、忌引きびきを切り上げて気晴らしに学校へ通っている。

 初七日が過ぎれば葬式が終わり、ましろは確実に成仏じょうぶつしてこの怪奇現象はきっと止む。そう信じて耐えていた。


 下校時間を迎えて、慣れ親しむ通学路を何時ものようにトボトボと歩いていると、夕焼けが酷くまぶしく感じる。まるで、茜色の光が俺に贖罪しょくざいうながすようだ。


 気が付けば、誘い込まれるように十字交差点に差し掛かってくる。

 目端にものが飛び込んできた。

 目を背けたいが、き込まれるように視線を移すと、十字交差点の隅の方に紅い菊の花束が手向けられていた。

 その場所でましろは絶命した。


 ……。


 今一瞬の事だがの菊の花が見えた気がした。

 夕暮れの所為せいなのか? 二度見してもの菊の花。

 それは変わらない。

 気の所為だと思いながらも菊の花を見詰めていれば、縁起えんぎでもなく『お兄ちゃん』と言葉が浮かんでくる。


 お兄ちゃん、お兄ちゃんと浮かんでいく様は、まるでましろに連呼されるようで嫌な気分になっていく。

 浮かべれば浮かべるほど、誘発されるように身震いもしてくる。


「死んでもなお俺を束縛そくばくする気か、いい加減に解放してくれよ。ましろ……」

 つぶやいてみても、返事など返ってくる筈がない。


 この世にいない者へ語り掛けるなんて俺らしくなかった。

 首部こうべを垂れて腕を擦りながら逃げるように交差点を離れようとした時――。


 背後から年若い女性が呼び掛けてきた……。


 身体中に悪寒が走る――。

 鳥肌が総立ちして恐怖で膝が妙にガクガク震えてくると、重苦しいプレッシャーをヒシヒシと背中から感じていた。まるで体温を抜き取られる錯覚。生命力を吸い取られるような妙な感覚もする。


 


 頭の中で警鐘けいしょうが激しく鳴り響く。危険を知らせる原因は俺なら分かる。そう、この世にいない筈のましろが呼び掛けているからだ。

 

 


 ゴクリとのどを鳴らす。

 逃げようと試みているが、何故か身体がこの場にしばり付けられているように身体の自由が利かない。

 万事休す。この場に留まり続ければ……嫌な予感しか過ぎらない……。


「あの……すいません。道をたずねたいのですが……」


 ホッと安堵すると共に身体の自由が利く。女性に声を掛けられただけなのにどうかしていた。

 てっきりとばかり思っていたが、声音が似すぎる余りに行き過ぎた先入観。余計な恐怖を増幅させた。


 それよりこの切っ掛けが運命の悪戯いたずらもたらすのではないか、期待感で心は踊る。


「は、はは……分かりました」


 緊張きんちょうの余りに上擦うわずった声で恥ずかしかったが、面立ちを想像しながらクルリと軽快に振り返った刹那せつな、再び身体が硬直していた――。


 まとたたず姿


 異様な雰囲気を漂わせ身動きもしないでそこにそうしていて、ウエディングベールで面立ちは見えづらいが、俺になら分かる。

 此奴は間違いがなく、花嫁姿のだ。


「あ、あ、ああ……」


 驚愕きょうがくする余りに声に成らない。ガクガクと身体が大きく震え、恐怖で縛られ身動きすら許されない。


「うふふ、驚いたぁ。ねぇ、綺麗きれいでしょ、ましろの花嫁姿は――」

「ど、ど、どうして……」


「え~、分かってるくせにぃ。お兄ちゃんが早くかないから、あせってましろの方から迎えに来ちゃったぁ。もうぅ、ましろを焦らすのがうまいんだからぁ」


「お、お前は……し、死んだんだァ、死んだら結婚なんてできないんだァ」


 声を振り絞って抗うが、ましろはニコリと微笑む。


「だからねぁ、お兄ちゃん。は、や、く、死んでよぉ――」

「ば、馬鹿を言うなァ。む、無理な相談だァ」


「うふふ、ましろを散々ひどい目にあわせておいて……死ぬのって、凄く、凄く怖かったんだよぉ……でも、いいんだぁ。やっとお兄ちゃんを手に入れる事ができる。ウレジイナ……」


「お前の為に死ぬなんて、できるか!!」


 大声を張り上げて、必死に抵抗する。


「酷い、酷いよぉ。ましろを先に死なせておいて……時間がナイガラ、ハヤグ、ジデ――」


 ましろが差し出してくる手先は真っ白い手骨。

 咄嗟とっさに顔へ視線を移すと、顔を覆っていたベールがフワリと浮き上がり、髑髏どくろがはっきりと見えた。


「うわわぁぁ!!」


 絶叫を上げ、腰が抜けそうな身体を必死に動かして、振り返って駆け出していた。


 ましろから逃げ遂せる為に無我夢中で走った。

 必死に、必死に走っていた時――。


 横からトラックが俺に向かって突っ込んでくる。

 トラックのヘッドライトが間近に見えた刹那、身体に強い衝撃が走り、空を舞うが如く大きく身体が跳ね飛んで路上へ叩きつけられた。


 意識が遠のく瞬間に見たのは、ラッキーアイテムだった筈の赤い物、俺の鮮血で染まっただった……。



 漸く、漸く、ましろとお兄ちゃんは結婚できるんだねぇ。ウレジイィィ。

 絶対にぃ離さないよぉ、お兄ちゃん。トコヤミノナガデ、ミライエイゴウ、イッジョニ、グラゾウネ――

(了)

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まっくろな想い 美ぃ助実見子 @misukemimiko

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