まっくろな想い
美ぃ助実見子
現世の束縛
「チュン、チュン、チュンチュン」
雀の心地よい鳴き声が俺の起床を促す。
スッと目を開けば、締め切ったカーテンの隙間から陽射しが射し込む。
何も変わらない何時もの朝、当たり前の日常の始まりを知らせる。が、明日からは甘酸っぱい日常の始まりを知らせる朝へと変わるだろう。
愛読している占い本には今週、『恋愛運強、ラッキーアイテム赤と黄色の物』と書かれていた。今日告白する俺の背中を強く後押ししてくれる。
早々と布団から出ると、軽快に高校の冬用の制服に着替えて、鼻歌まじり心
階段を軽い足取りで降る中、玄関に向かう父さんが見えた。
これから出勤するようだ。
「おはよう父さん、行ってらっしゃい」
気軽に声を掛ければ父さんは振り返り、優しい笑みを浮かべて「いってきます」と一言返してくれた。
遅刻ギリギリなのか、そそくさと玄関から出て行った。
気持ちよく向かうのはリビング。
リビングには誰も居ないがキッチンに母さんがいて、キッチンシンクに向かう背中は朝食作りの真最中を知らせる。
トントンと包丁で
「おはよう母さん。俺、朝ご飯はいらない」
素っ気無く声を掛けると、母さんは包丁を握る手を休めた。
振り返る
ラッキーアイテムをゲットと言いたいところだが、こんなに食べられる訳が無いだろうに。バナナの房から一本だけ
「学校に行きながら食べるよ。んじゃ、行って来ます」
母さんはニコリと
今日も、父さんと母さんは何時も通り優しい。玄関を飛び出して、学校へ向かった。
◆
高校までの道順は、住宅街を暫く歩き十字交差点を越えて、また住宅街を越えた先まで行く。だいたい徒歩で三十分位の道程だった。
慣れ親しむ通学路を気分良くゆっくりと歩いていると、十字交差点で走り寄ってくる人の気配を覚える。
息を切らして駆け寄って来た傍から、
「お、お兄ちゃん、ま、ましろを、お、置いて行くなんてヒドイよ。はぁはぁ」
と
話し掛けて来るな。朝からイライラしたくない。
無視を決め込みたかったが、
ましろの切れ長の目。冬生まれに相応しく、雪原のように澄む肌。そこはまだ許せる。ストレートの濡れ烏の髪を背中まで伸ばして、頭に白いカチューシャを添えているところが、嫌味な可愛さを引き立たせる。そこが、気に食わない。
それにしても、小首をかしげてポメラニアンのように見詰めてくる姿はイライラを増長させる。
ましろとは一つ違いの兄妹。幼い頃から俺の跡を
どこに行くにしても兄妹一緒と言わんばかりに、愛犬のように
それは小学生の頃に初恋をましろに
同級生の女の子に恋心を抱き、良好な状態を維持していた。このままいけば
そう思っていたが、ある日を境に口を聞いて貰えなくなる処か、
その原因はましろだった。
『お兄ちゃんは、不細工な貴方がキライなんだって。大好きなのは、可愛いましろだけだって言ったんだよ』
ましろと女の子が
思い出せば、
だが、あの頃の俺は異様に優しかった。
俺の恐怖をそそった四谷怪談をたらふく聞かせてやると、思惑通りに
ただ、ましろに
『幽霊は何だってできるから怖いよね……ねぇ、ましろとお兄ちゃんが結婚する為にはどうしたらいいのぉ?』
『そ、そうだなぁ、死んだら……
と
すると、ましろはニコリと微笑んで口調穏やかにしっかりと言った。
『その時がきたら、遠慮なく言ってねぇ。ましろ、死んで欲しいって――』
気が付けば、ましろを
「もう、お兄ちゃん……恥ずかしいよ……ましろに気があるなら仕方がないけどね」
口にした内容も気に食わないが、優しく微笑んでくるのがもっと
再び学校を目指すが、ましろと向かう方向は嫌な事に一緒。それは県内の普通の進学校、四谷高校に兄妹で通っているからだ。
俺と違って成績優秀なましろは、
どこまで追ってくるつもりだと
それだけでも悩みの種なのに、俺を取り巻く
『お前達、シスコンだろ。噂になってるぜ。帰りも一緒なんてラブコメみたいで
同級生の男友達から、ありもしないシスコン説で羨まれる。
それもこれも、全てましろが悪い。
憤りが募る一方だが今日に限っては、ましろを学校から引き離す必要が有る。歯ぎしりを
「ましろ、大学進路で先生と話をするから先に帰るんだぞ、
「うん、それなら仕方が無いね。ましろは先に帰ってるね。お家でお兄ちゃんを待ってるからね。必ず、帰るからねぇ」
それにしても、心は
想像すればするほど、
自ずと学校へ向かう足取りは、恐ろしく軽かった――。
◆
放課後になると、学校にましろの姿が確実に見えない事を確認した上で待ちに待った告白を実行に移す。
待っているだけでもドキドキするが、待ち合わせの時間をとっくに過ぎていた。
不安が過ぎる中、そのうちひょっこりと姿を見せてくれるだろうと、信じ続けて待っているがこない。
いい加減しびれを切らしてスマホを手にした時、息を切らして俺へ駆け寄って来る女性の
何故、ましろがここにいる……?
胸に手を添えて、息を整えるましろの姿に状況が全く理解できない。アワアワしていると、何故かましろは頬を染めモジモジしながら、ゆっくりと唇を動かす。
「お兄ちゃん、あの子は不細工だよ。お兄ちゃんの好みは、ましろしかいないよ。だからねぇ、ましろのお兄ちゃんを
それにぃ、いい加減に気が付いてよぉ。お兄ちゃんの隣にいるのが
と、耳を疑うような事を平然と言い放ち、ニコリと微笑む。
奥歯に込める力が増す。
お兄ちゃん、お兄ちゃんと何度も連呼しやがって、言いようのない憤りで身体が小刻みに震えてくる。
一度ならず、二度までも恋路を
気が付けば今まで感じた事が無い
「――ましろ!! お前、お前なんか、あの世か何処かに行っちまえ!! 死んでしまえぇ!!」
決して口に出してはいけない事も平然と口走っていた。
肩で荒い呼吸をする中、ましろが両手で顔を覆って身体を震わせ泣き崩れる様を目の当りにしていた。
ましろが憎い。
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