ラブレターの行方

水谷なっぱ

ラブレターの行方

 好きな子がいる。その子は同じクラスの女の子で同じ生物部に所属している。放課後はいつも一緒に植物に水をやり生物室で飼っている爬虫類に餌をやり、各自の研究対象の話をしたり、それぞれ調べ物や観察なんかをしている。

 その子は一見クールで近寄りがたい雰囲気だ。きりっとした目つきに、長めのストレートヘアを高めの位置で一つにまとめている。でもそれがたまに編み込まれていたり、毛先にウェーブがかかっていることを俺は知っている。話すと穏やかで優しいことや、植物を見るときの幸せそうに緩む目元も知っている。


 高校に入学して同じクラスになったときはやはり少し敬遠気味だった。見かけきついし、席が近かったからプリントとか回してたけど反応薄いし。でも半月ほどしてから生物部に仮入部しようかと生物室を覗いたときにその思い込みは消えた。

 彼女、臼井美鈴は穏やかな笑顔で苔玉を作っていた。今思えば本当に地味な絵面だったと思う。しかしだ。春の柔らかな夕日が射す生物室できれいな女の子が優しい顔で座っていたのだ。それもそれまでずっときつそうとか怖そうとか思っていた子がだ。そのギャップで俺はやられた。そしてその姿に見入って入り口でぼんやりする俺に彼女が気付いた。

「……相模登也くん、だっけ。どうしたの、そんなところで」

 その名のとおり、鈴を転がすような声で彼女が問いかける。俺は悪いことをしていたわけでもないのに、しどろもどろで返事をする。

「あ、えと、生物部、どんなものかなって見に来たんだけど」

「そうなんだ。私もなんだ。今入部体験ってことで苔玉作らせてもらってるの。もう少ししたら先輩たち帰ってくると思うから待ってるといいよ」

「あ、うん。ありがとう。そうする」

 しどろもどろのまま臼井が作業する机の端の席に座る。臼井が作る苔玉はシュッとした植物が植え付けてあって、その周りに半分くらい苔が貼られている。臼井はまた作業を再開していて、少しずつ苔を張り着けているのだけど、まあ地味な作業だった。それを彼女は嫌な顔もつまらなそうな顔もせず、穏やかな表情で静かに静かに手を動かしている。それがすごくいいなと思った。自分がそんなに騒がしいことが好きじゃないからだろうか。できるだけ静かに、穏やかに生活したい。臼井の隣にいるとそれが叶いそうな気がした。

 臼井の言う通りしばらくすると校内の植物に水やりに行っていた先輩たちが戻ってきて仮入部したい旨を伝える。俺にも苔玉を作るための植物と苔と既に混ぜて丸めてある土を渡してくれて作り方をレクチャーしてくれた。

 まずはメインとなる植物を差し込む。さっそく難しかった。雑にやると土が崩れる。崩れたところの土を戻していると別のところが崩れる。先輩に「落ち着いて」とか「ゆっくり」「いい感じ」などと応援されながらなんとか植物の根が無事に土に収まる。それをまたきれいな球体にしてから今度は苔を張り付けていく。少しずつ苔を足しながら臼井の方を見ると彼女はもう作成を終えていた。丸っとした苔玉が彼女の前に置いてある。

「相模くん、植物差すの上手だね」

「え、ボロボロだったけど」

 臼井の言葉に首をひねると苦笑が帰ってきた。

「私が差したら土の塊が真っ二つになって崩壊したよね」

 その言葉に周りにいた先輩が肩を震わせた。つまりそういうことなのだろう。

「なんとか先輩たちに丸くまとめてもらったけどね。うん。きれいな真っ二つだったよ」

 遠くを見て臼井が言って、先輩たちが噴出した。そんなにひどい有様だったのか。見られなくて残念だ。そう言うと臼井は少し膨れた。ハコフグみたいでかわいかった。

 その後無事に苔を張り終えて臼井のものと並べる。確かに臼井の苔玉はゆがんでいるけどその形がかわいかった。ゆがんだ苔玉を前に唸る臼井に声をかける。

「それ、もらってもいい?」

「え、変な壺みたいな形だけど」

「それがかわいいから」

「……そっか」

 困ったような顔をしつつも臼井はゆがんだ苔玉をこちらに押す。俺が作ったものはどうしようか聞く前に臼井が手に取る。

「きれいだなあ」

「そう?」

「うん。もらっていい?」

「いいよ」

「ありがと」

 このときの笑顔で完全にやられた。本当にかわいかった。ちなみにその時もらった苔玉は家で大事に大事に育てている。

 

 

 

 その後も部活動内で親睦を深め冬になった。2年生になるとクラス替えがあるけど部活では会えるしな、という油断がある。しかしバレンタインとくれば話は別だ。臼井からチョコをもらいたい。だがくれとは言いづらい。こういうときモテるタイプならさらっと「ほしいなー」とか言えるのだろう。しかし女の子にチョコなどもらったことがない(母親とクラス全員配るタイプ覗く)俺には無理だ。このままでは今年も母親のお情けと妹のチョコの余りを恵んでもらって終わりである。

 高校生にもなってそんな寂しいバレンタインがあるか! しかしもらえるかはわからないし、自分から欲しいとは言えない。どうするどうする。あ、自分から告白すればいいじゃない。

「いいじゃない、じゃねえ」

 思わずセルフ突っ込みが漏れた。告白。自分から。したことねえよ。もちろんされたこともない。考えただけで嘔吐しそうなくらい緊張してきた。できるのか? 告白? 成功したらいいけど、失敗したらどうするんだ。俺、部活に出られなくなってしまうのでは。クラスはまあ変わるかもしれないけど、部活は変えられない。

 でもそんな小さい理由で臼井を諦めていいのだろうか。今はまだ俺しか彼女の魅力に気付いていないかもしれない。しかし臼井はかわいい。優しいし穏やかで、少し抜けてて。もし学年が上がってクラスが変わって他の男がその魅力に気付いたら? 嫌だ。絶対に嫌だ。だとしたらするべきことはただ一つだ。

 悩んだ末に手紙を書く。いわゆるラブレターだ。スマホでメッセージを送ってもいいけど味気ないし、かといって自分の口で告げる勇気などない。でも手紙に書いておけば取り合えず渡せればそれでいいし、うまくいけば書いたことを口で直接言えるかもしれない。

 手紙は思ったよりだいぶ難航したもののなんとか書けた。書けたけどバレンタインデー当日になってしまった。それでいいのか? まあ海外だと男性から告白する日だったりするって言うし、それはそれでありだろう。今回はチョコがなくてもうまくいけば来年はもらえるわけだし。そうポジティブシンキングしながら手紙を鞄に入れて登校した。

 

 

 

 そして放課後である。部活に行く前に渡してしまおうとホームルームを終えて教室を出る臼井を追う。生物室に入る前に渡せるのがベストだ。が、臼井はなかなか生物室に向かわない。まず昇降口できょろきょろしていた。それから図書室でもきょろきょろして、また教室に戻る。なんだろう? 誰か探しているのだろうか。……もしかして本命チョコを渡す相手とか???? それはダメだ。俺が決めることじゃないけど、それはダメだ。

 教室を出て今度こそ生物室の方へ進む臼井を呼び止める。

「あ、相模くん。どこにいたの?」

「え?」

「渡したいものがあって探してたんだ」

「あ、俺も臼井に渡したいものがあって」

 夕暮れ時の人気のない廊下。俺は臼井と向かい合う。周りには茜色の斜陽が射すばかりで。

「「これ」」

 2人で同時に手に持っていたものを差し出す。

「これ、臼井に手紙を」

「あ、奇遇だね。私も相模くんに手紙とチョコ渡そうと」

 答え合わせまでは数分かからなそうだ。

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ラブレターの行方 水谷なっぱ @nappa_fake

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