何色+眼鏡の日
コトリノことり(旧こやま ことり)
「お願いだから。なあ。」
「なあなあコーヨー、これかけてみない?」
青葉先輩がとりだしたのは、フレーム幅の大きい黒ぶち眼鏡だった。
きらきらした目で見つめてくる青葉先輩は、立派な体つきの男性なのに、犬のように見える。尻尾をぶんぶんふる大型犬みたいな。シベリアンハスキーとか。
僕は飼い主にはなれないから、じゃれつかれる小型犬だろうか。
先輩にじゃれつかれるなら、犬でも猫でもなんでもいいけど。
「青葉先輩、眼鏡もコンタクトもしてないっすよね」
「うん。これは同じゼミの遠藤から借りてきたんだ」
先輩のゼミの遠藤という人は、女性のはずだ。
眼鏡というのは、ただのアクセサリーではなく、持ち主の生活に密接にかかわる、とても私的なものじゃないだろうか。そういうモノを異性から気軽に借りたりできてしまうのが先輩だ。癖で、左耳のピアスの感触を確かめる。
「その人が困りますよ、返したほうがいいですって」
「遠藤がさ、『眼鏡かけない人がたまに眼鏡をかけるっていうのはグってくる! 特に恋人なら!』って言って。オレの恋人も眼鏡してないんだよ、っていったら『今日コンタクトだから、これ持ってけ!』って言われて」
「……え?」
すぐに青葉先輩の言葉を飲み込めなかった。
「え、っと。青葉先輩は、その人に、恋人に眼鏡をかけさせるって目的で、借りた、んですか」
「うん、そうだって」
「恋人、って」
「は? コーヨーのことに決まってんじゃん」
無意味に口がパクパクと、開いては閉じるを繰り返す。
確かに、青葉先輩と僕はいま、つきあってるという状態で。恋人、という関係で言い表せるもので。
けど、男同士だから、あまり公言はできないし、僕は絶対に周りに言う気はなかった。青葉先輩が変な目で見られるのもイヤだったし、そのあたりは青葉先輩もわかってくれてると、思っていたから。
そのゼミの人に、恋人が僕だと、男だと、言ったのだろうか。いや、そんなことよりも。
改めて先輩の口から「恋人」という言葉を聞くと、顔を覆い隠してこの場から逃げ出したくなってしまう。
「コーヨー、どーしたの?」
ん? と、ぐいっと顔を近づけてくる青葉先輩は、楽しそうで。
僕は、視界から逃れようと顔をそむけた。
「コーヨー。こっち向いて」
「イヤです」
「お願いだから。なあ。……光洋」
名前で呼ばれては逆らえない。
おそるおそる振り返れば。
「ああ、眼鏡かけたらもっとよく見える。……コーヨーの、赤い顔」
嬉しそうな、眼鏡をかけた恋人の笑顔があった。
何色+眼鏡の日 コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori
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