ラブレター

月波結

ラブレター

『拝啓』貴方様には日頃からお世話になりまして、『前略』なにを略せばいいのか。全然思いつかなくて、見えるのはきみの顔ばかり。


「じゃあな」って今日も帰り道、友だちのいる前で手を振ってくれた時、もう想い、はち切れそうで決壊しそうだとそう思ったんだ。

「愛を伝える」なんて重いものじゃなくて「好きなんだよ」ってさり気に伝えたい。ため息をそっとひとつ吐くように、気づくか気づかないかギリギリの線で攻めて。

 机の上には一枚の白い紙。二枚なんてとても書けそうにないから。でも二枚に収めてしまえるほど、簡単な想いではないんだよ。好きだと思ってからずっと今日までの、一年足らずのふり積もった気持ちをどうやって文字に変えたらいいのか、さっきからずっと真っ白な紙をにらむ。


 だってさ、LINEで告白こくるなんてできるようなタイプでもないしさ、軽いテンポで会話なんてできそうにないしさ、それならちょっと手紙でも書いてみようかって、思いついたのが今日なんだ。

 ずっとずっとずっと隣にいてさ、それでわたしの気持ちに気づかないでさ、そんな鈍感なやつには直球ストレートがいいのかもしんないけどそれができなくて困ってるんだ。


 好きだって気持ちは勝手に心に巣食って、いまも心ん中いっぱい広がって押しつぶされそうで、この気持ちをどうにか吐き出さないと苦しくて息もできないよ、ほんとだよ。

 好きだって気づいたあの日のこと、足りなかった心の中の小さな穴に、ちょうどいい形のピースが降ってきてそこにすとんと収まったんだよ。


 この気持ちどう伝えたらいいのか、どんな顔して伝えたらいいのか、知らない顔してスルーしてたなんてバカだった、ほんとのほんとにバカだった。

 気づいたらすぐに伝えてしまえたらこんなに友だちになってはしまわないで『男の子と女の子』のまま、ボーイ・ミーツ・ガールですんなり言えたかも。


 毎日笑顔がやたら眩しくて気取られないように用心してたけど、ほんとはちょっと気づかれたいなんて思ってみたりもしてたんだ。

 そしたらきみもわたしのこと、意識しちゃって無視できなくなって、どんな顔してわたしを見るのかな、大きな声で名前は呼べないよな。


「じゃあな」って今日も言われた時、その言葉の意味を知ったんだ。ただの友だちだって知ったんだ。

 このままじゃ一生友だちのまんまで恋人になんか絶対になれなくて。成人式のあとの集まりで「そう言えばそんなこともあったっけ」。きみへの気持ちも時間の中できっときっときっと希釈されて薄くなって。

 こんなに、こんなに好きなのに、好きだったのは自分ひとりで、落ち込んだり盛り上がった日のこともすっかりいい思い出にしたくはないから。


 だから『拝啓』も『前略』もいらないんだよ。ほんとに必要なのは勇気だけなんだ。一文字も書かないままの真っ白な便箋に想いをただただ綴ればいい。


「好きだよ」って伝えたくて。

「きみのこと好きだよ」って伝えたくて。

「ずっと好きだった」って言いたくて。

 こんな気持ちに戸惑って、迷わされて。


「おはよう」と「おやすみ」の言葉を電子の文字でいいから言えるような仲になりたいんだけど、このままじゃ友だちのままで終わりだよ。


 とにかく、深呼吸、言葉拾い上げて「好きなの」って書いてみたはいいけど、自分の言葉にひとり赤くなって恥ずかしくて次の言葉続かなくて。

 窓の外、月は傾き始めて白い月は小さく微笑んでるように見えて、ただ素直に思いついたことを書けばいいんだって教えてくれたけど。


 一枚目をゴミ箱に放り投げて、二枚目の白い紙、切り取って、真っ直ぐにピンと姿勢を正して、気持ちも真っ直ぐに整えて。


『こんなこと書いたら驚くだろうけど、ほんとはずっと好きだったんだよ。卒業したら学校も違っちゃうよね。そういうのがたまらなくて手紙を書いてます。

 ずっと友だちでいてくれてありがとう。こんな気持ちを伝えてしまったら、友だちだってきっとやっていけない。声もかけてくれないかもって不安だけど。

 でもね、知らない顔をして友だちのひとりとしてやって行くのは胸が苦しくて、言ってしまうのがいちばんいいんじゃないかって思って悩んで決めたんだ。

 だからどうか気持ち悪いなんて思わないでくれたらうれしいな。わたしのことを好きじゃなくても、本音を言ってくれたら忘れる努力だってするよ。

 だからどうかきみのほんとの気持ち、ほかの人を好きかもしれないけど、実のところはわたしのこと、どう思ってるか聞かせてほしいから。

 だから手紙を書いてみた。恥ずかしくて死んじゃいそうだけど、きみの気持ち聞くまでは絶対、死ねないよってそう思ってる。

「友だちから」とかでいいからさ、あ、いまもう友だちなんだけど、「友だちから」って決まり文句でもわたしきっとうれしいと思うんだ。

 困らせちゃったらほんとごめん。でもほんとにほんとの気持ちだから。伝えたかっただけなんだよ。

 最後まで読んでくれてありがとう。』




 ようやく書けたその手紙は気持ちの勢いだけで書いてあってとても上手には思えなかった。だけど、ありったけの勇気と想いはこもってるって自信を持った。


 どうやって渡そう、この手紙を。さり気なさがいちばん大切で、不自然じゃなく、自然でもなく、そう、手紙の重さを渡したい。

 心の中身を伝えたい。

 みんなが見てない場所を選んでふたりっきりで渡したい。

 だってがんばって書き上げた、この手紙を大事にしたいから。

 なんとなく想像してみたりした。ふたりきり屋上への階段の踊り場で、待ち合わせなんてもうバレバレで、もしかしたら来てくれないかもしれない。

 それでもわたし、予鈴が鳴るまで泣きそうな気持ちをこらえたまま、きっとずっとそこで待つと思う。大好きだから、信じたいから。

 友だちに捕まってるのかもしれない。話のやめ時がつかめないのかもしれない。気持ちはこっちに向かってるかもしれない。

 そう信じたい。そう信じるよ。


 ちょっと緊張した顔で階段を上ってくるきみの、足音、耳を澄まして待って、その時間はきっと五分たらず。

 教室のすぐ隣が階段だから、ほんの五分で来られるはず。

 教室を出るきっかけをきみが持てたらほんの五分、ほんの五分だよ。


「待った?」って真っ赤な顔をしてうつむいてわたしの顔を真っ直ぐ見られなくて、きっとちょっとぶっきらぼうに見えるけど、ふたりの気持ち、鼓動重なりそうで。

 おんなじ気持ちに重なればいいけど、そればっかは会ってみないとわかんなくて、わたしだってきっとうつむいちゃうからいつもと違って見えるかもね。


 わたしを女の子だと感じて、その時が初めてでもそれでもいいから、いつもと違った真剣な目をして。それで、わたしの目の奥のわたしをしっかり見て。

 好きだよ。

 好きなんだ。

 好きだから。


◇ ◇ ◇


 熱に浮かされたような夜は過ぎて、月夜が明るかった翌朝はうっすら青くて高い秋空で、真上の太陽を見上げて手をかざして目を細める。

 手紙はちゃんとカバンに入ってる。持っていく時にみんなにバレると嫌だから、普段、本なんか読まないくせに文庫本に挟んできたりして。

 バカだなぁ。バカかなぁ?

 恋をするとバカになるんだって、誰かが言ったような、言わないような。

 こんな手紙を忍ばせてるなんて、今どき、手紙のラブレターなんて、バカげてるってわかってる。でもね、ちゃんと言うよ。伝えるよ。びっくりさせちゃうのわかってるけど。


「千晶! おはよう」

「おはよう」

 今日も自転車で追い抜いていくきみが律儀に挨拶をくれる。ありがとう、この言葉に勇気をもらう。よし、やるぞって気合いが入る。

 昇降口で何気ないふりで、もたもた靴をはきかえる。

「お前、ずいぶんのんびりだなぁ」

「まだ時間あるからいいんだよ」

「ふうん。確かにまだ時間はあるね。じゃあ、先に行くわ」

 ――いまだ!

「ちょっと待って」

 行きかけた彼の背中がリターンして、ぐるりと少し間抜けな顔をして、起こったことがわからない表情でこっちを振り向いた。

 たくさんの生徒がわたしたちを追い越して、がやがやといつも通り朝の騒がしさがふたりを包んで。

「あのね、五限と六限の間に屋上への階段の踊り場で待ってるから……来てね」

 じゃあ、と今度はわたしが小さく言って階段をダッシュでかけ上る。

 ぽかんと彼はその場に残されて。




 とん、とん、とん、と埃っぽい階段を上っていく。みんながひそひそと伝え合う幻の告白の名所。

 そんなとこで告ったりしないでしょう、と思ってたけど、上履きのあとがいくつか残されてるのが生々しい。わたしもここに、新しい足跡をつける。

 いくつかの想いの足跡の上に。

 ふう。

 壁にもたれかかる。

 五限が終わると友だちに呼びかけられたのもそこそこに振り切って、やって来た。誰にも言ってない。内緒なんだ。

 彼が上ってくるのは五分後くらい。

 五分ってどれくらい? 長い? 短い?

 ……こんなに長いなんて知らなかったよ。

 いつもなら女子トイレの鏡の前でリップ塗ったり、あっという間に五分。


 あと五分。

 あの階段を上ってくる。

 来てくれるかな?

 来ないかな?

 来なかったら今夜はコンビニスイーツで自分のがんばりを讃えてあげなきゃ。

 キュッ、と靴底の向きが変わる音。あ、これは上ってくるんじゃないかな?

 違う人だったり。そんなわけないか。ここの足跡の少なさがそれを物語ってる。

 とん、とん、規則的。迷いはないのかな?

 わたしなら迷う。

 どうしよう? なんて言おうって。

 返事がもしもイエスでも、ノーでも。どうやって答えようか頭の中、ぐるぐるになるんじゃないかな。

 足音、近づいてくる。

 鼓動が、頬の熱が、高くなる。

 ヤバい、ヤバいって。どうしてLINEにしなかったんだろう――。

「よう、待った?」




(了)




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