エピローグ
エピローグ
数年に一度の寒波に見舞われ、例年以上に冷え込んだ十二月中旬。
私は駅前に設置されたベンチに座り、片手に小さなペットボトルに入ったカフェオレを持ちながら空を見上げていた。
曇天が続いていた先週とは打って変わり、今日は雲一つない快晴。時刻はすでに夕暮れであり、晴れ渡った西の空は茜色に染まっていた。
こんな色に染まった空は、高校生の頃に春斗と何度も見ていた。同じ天文学部で、会う時は基本的にこの時間だったし。
懐かしい気持ちになりながら、黒いカーディガンの襟元を軽く正す。
と、そのタイミングで私が待っていた声が聞こえた。
「優菜ちゃん、お待たせ!」
呼ばれたほうへと顔を向けると、そこには高校時代からの友人である二人の姿が。会うのは一年ぶりくらいだけど、相変わらず変わった様子はない。
「久しぶり、花蓮ちゃん。湊君も、元気そうだね」
「そういう優菜もな。ただ、ちょっと大人びた雰囲気は感じるけど」
「うん、そんな感じがする。何かあったの?」
「別に自分ではそんな風に思わないんだけど……」
立ちあがり、自分の中で心あたりを探すけれど、特に何も思い浮かばない。
もともと自分の成長は自分ではわかりにくいものだし、仕方ないかもしれないけど。わかりやすいことでいえば、湊君とお互いに名前で呼び合うようになったことくらいだと思う。
まぁ、大学生になったんだし、少しは大人にならないと駄目だけど。
「そういう二人は、相変わらずのラブラブ具合だね」
「「そりゃあ、当然」」
「あ、うん。今のでもうおなかいっぱいです」
息の合いようもレベルアップしているらしい。
本当に、相変わらず仲睦まじいバカップルだこと。
右手につけた腕時計を確認すると、時刻は五時三十分を示していた。
そろそろ頃合いの時間。
私はベンチから立ち上がり、二人の正面に立った。
「改めて、今日はありがとね。私の我儘に付き合ってもらって」
「別にお礼を言われるようなことじゃないだろ。ただ友達に遊びに行こうって誘われただけだし」
「そうだよ。それに、満点の星空っていうの、一度は見てみたかったし」
二人のそれぞれの言葉に、思わず口元が綻ぶ。
今日この三人で集まったのは、星空を見に行くため。先日ニュースで見た流星群の極大日を聞き、私が二人に見に行こうと誘ったのだ。
極大日は年に一度。
当然、エペルト大流星雨のような流れ星の雨を見ることは叶わない。
けど、久しぶりに多くの流れ星を見たいと思った。
そして、私が流星を見るために赴こうと考えた場所は──。
「前に、春斗と二人で行ったんだ。あの時は流星じゃなくて、星空を見に行ったんだけどね」
「ロマンチックなデートだったんだな」
「湊」
「……すまん」
花蓮ちゃんに脇腹をつつかれて注意された湊君が謝る。
それに首を横に振って、大丈夫だよと伝えた。
「あの時は、春斗の様子が変だったから心配でそんなこと考えれなかったけど……今考えると、確かにそうだね。春斗はどうだったかわからないけど、多分、あの時の私は彼が好きだったんだろうし」
「「……」」
目を丸くした二人は一度顔を見合わせた。
「さらっと、驚きのことを言うね、優菜ちゃん」
「そんな気はしないでもなかったけど、改めて言われると少しびっくりした」
「別に、隠すことでもないよ。私は春斗に色んなものをもらった。誰かに頼る大切さも、一度踏みとどまって考え直すことも、それこそ命そのものを助けてもらった。自分にとって一番ともいえる大事な人を好きになるのは、当たり前じゃないかな」
春斗のほうは、私を好きでいてくれたのかはわからない。今となってはそれを確認することも、できやしない。
だけど、悪くはなかったかなって、自分では思っているかな。
「好きな人からもらったものだから、このカーディガンも大事にしてるわけだし」
「あぁ、見覚えがあると思ったら、春斗のものなのか、それ」
「うん。もう、来年は着られないからって」
「そうか……なんか、妬けるな」
「?」
首を傾げる私。
対照的に花蓮ちゃんはうんうんと頷き湊君に同意を示している。
妬けるって、一体何が……。
「俺達には感謝の言葉しか遺さなかったくせに、優菜にはそんなにたくさん物を残してよ」
「もちろん物を遺さなかったから私たちに優劣をつけてるわけじゃないと思うけど……長い年月一緒にいた私たち以上に、晴斗君に信頼されてるってことにちょっと嫉妬しちゃうかも」
二人は春斗と幼馴染。
私なんて話にならないくらい、彼と同じ時間を過ごしている。そんな感情を抱いても、確かに納得はできちゃうかも。もし私がその立場にいたなら、確実に嫉妬していたと思うし。
「……なんだか、ごめんね。本来なら、
「持つべき、っていうのは違うな」
湊君は私の肩に手を置く。
「花の心臓も、あいつの撮り続けた映像も、優菜に託したのは春斗自身だ。だったら、あいつがそれを託したいと思った優菜が持つのが一番いいんだよ」
「……うん」
「でも、偶には私たちにも見せてね。花の心臓も、彼の映像も」
大きく頷きを返し、そろそろ行かないとロープウェイが混雑してしまうと、乗り場に向かって歩き出す。
強い寒波の影響で例年以上に寒いため、外を出歩く人は少ないように感じる。
これは山頂も空いているかな。
なんて考えながら眼前の山を見上げていると、不意に湊君が「ちょっと悪い」と言って小走りに何処かへと走っていった。
どこに?と思いながら目で追っていると、彼は縁石の傍に落ちていたペットボトルを拾い上げ、近くの自動販売機の隣に設置されたごみ箱の中に捨てていた。
もちろん、分別をして。
黙って様子を見ていると、隣の花蓮ちゃんが事情を教えてくれた。
「湊、春斗君が亡くなってから、目についたポイ捨てされてるペットボトルとかビニール袋とか拾ってゴミ箱の中に捨てるようになったんだ」
「それって」
「うん。プラスチック症候群って、ああいう身近なマナー違反が大きな要因だからさ。今は大きな塊かもしれないけど、いずれ目に見えないくらい小さくなって、人間の体に入ってくる。後世で春斗君と同じ病気になる人ができるだけ少なくなるようにって」
戻ってきた湊君は肩を竦める。
「流石に、幼馴染を亡くしてるわけだからな。見て見ぬふりはできなくなったよ」
「凄いことだと思うよ。やろうと思って実際にやる人って、そうそういないし」
「別に俺の自己満足だし……なんだよ、二人とも」
そっけないように言う湊君を花蓮と一緒にニヤニヤしながら見つめていると、彼は照れくさそうにそっぽを向いてしまった。
「い、行くぞ!今日は俺をからかうために集まったんじゃないんだろう」
「ふふ、湊、いつからツンデレ属性を身に着けたの?」
「そんな属性つけてないから!!」
イチャイチャモードに突入して先行する湊と花蓮。
相変わらずの後姿を見つめながら、夜に近づいた空を見上げる。
そこに浮かんでいたのは、春斗がよく見ていた一番星である金星。ほかの星々が顔を見せない中、一足先に夜に輝くあの星はすぐに見えなくなってしまう。
限られた時間で輝く金星は、燦燦と夜空に輝く他の星々とは少し違う美しさを感じる。
「おーい、優菜ちゃん!」
前方から花蓮ちゃんに呼ばれ、私は金星から目を離して二人の背中に向かって小走りに駆け出す。
山頂に登れば、金星はきっと見えなくなってしまうだろう。
だけど、その頃には快晴の夜空を満点の星々が彩っている。春斗と一緒に見た、あの星空が。
微かに滲んだ涙を指先で拭い、二人に追いついた。
星の雨も降らず、心臓も咲かない、ただ綺麗な夜がもうすぐ──訪れる。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
星が降る夜、あなたは一輪の心臓を咲かせた 安居院晃 @artkou
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