私はあなたのためにピアノを弾く

名無しのポチ

第1話 君のために歌う僕のためにピアノを弾いてくれ

 廊下は走ってはいけない。

 そんな言葉は小学生で習うがそれを守らずに私は病院の廊下を走る。

 目の前がぼやける。

 走りながら少し目を閉じ涙を落とす。

 手で涙を拭うことを忘れるほどに私は困惑していた。

 彼の病室に着きドアを開ける。

 そこには以前のような少し白いが頼りになる少し大きな体はなく、呼吸器をつけ目を閉じた姿の彼があった。

 私は痩せ細った彼の体に泣きつく。

 「なんでぇ、なんでよぉ、、」

 泣いていると医者が来て容態を説明した。

 彼は車に轢かれ、命には別状はないが腕が使えなくなるらしい。

 命に別状がない事に安堵するが腕が使えなくなると聞いて私は彼の命に近いものがなくなったことを知った。

 彼はピアノを弾き語りをする事が大好きだった。

 彼は動画サイトに弾き語りの動画をあげ、それがバズり今ではテレビにも何度も出演し、ライブもしており彼の名前を知らない若者はいないと思うぐらいに有名だった。

 愛の歌を弾き語る彼は透き通った声と抜群のピアノセンスを持っており、自分にはこれしかない、と言っているほどに彼は凄かった。

 だがピアノをソロで弾いたり、歌だけを歌う事はしなかった。

 彼にはどちらとも才能があったのにだ。

 だが私の前でもピアノを弾く時は歌っている。

 理由は教えてくれなかった。









 ここはどこだ

 なんだ?

 ぽつぽつと僕の顔を水が落ちてくる感覚があった。

 雨か、、、

 外にいたのか

 外で昼寝する事はないと思うが

 「○○くん!!!」

 何か声が聞こえてくる。

 薄暗く、少ししか開いていない目蓋を開けると泣いている彼女がいた。

 なんで泣いているんだ

 まだ結婚指輪渡してないよな

 なんだよ

 そんなに泣いて

 彼女の涙を拭おうと腕を動かそうとするが動かない。

 あれ?

 なんだ?

 腕が動かない

 感覚がない

 泣いてもいいけど涙を拭かせてよ

 君の泣いてる姿は見たくないよ

 やめてよ

 やめてよ

 やめてよ

 わかったよ

 わかってたよ

 体が動かない

 事故にあったのか

 僕は

 天井の蛍光灯の光がぼやける

 やめてよ

 君が泣いちゃうと僕も泣いちゃうじゃないか

 僕はもう涙を拭う腕がなくなったんだよ

 君が大好きだったピアノも弾き語りも何もかも消えてしまったんだよ

 僕にはもう



      何も残っていない

 


 僕が目を覚ましてから1か月が経った。君は僕に暇させないようにほとんど病室にいるし、ずっと話しかけてくれる。

 毎日果物を持ってきてくれて食べさせてくれる。

 そんな彼女を僕は大好きだ。

    

 

 

 「別れよ」

 私がリンゴを剥いている時に彼は急に口を開けた。

 彼はずっと窓から見える景色を見ている。

 「何言ってんの」

 「別れよ」

 「だから何言ってんの」

 リンゴを剥くのをやめ彼を睨む。

 「君はこれから僕が重りになってしまう」

 「重りじゃない」

 「君は弾き語りをしている僕に惚れたんだよ」

 「違う」

 「違わないさ。街で偶然会った君に僕は一目惚れしたんだ。七時に帰る君に話しかけたかったけどきっかけが欲しい一心で、君が僕に興味を持ってくれるように努力したんだ。僕の得意なピアノを弾こうと街に置いてあるピアノを弾いたが、君は僕の演奏に止まらずに歩いて行ってしまった。僕は君の気を引くために歌ったりもした。

 でも君は足早に何処かに行ってしまった。

 そして僕は最後にはじめての弾き語りを始めたんだ。

 最初は君のことだけを考えて弾き語りしてたけど、途中から夢中になってさ。街の人からの痛い視線があったんだけど、それでも楽しくていつのまにか声が枯れるまで、弾き語りをしていたよ。

 歌い切ってようやく周りを見てみると、そこには拍手をしながら僕を見ている君がいたんだ」

 だから弾き語りしかしなかったんだ。

 それでも別れる意味にはならない。

 「だから何」

 「この話でわかるだろ。僕はもう君の理想像ではなくなったんだよ。多分みんなも僕を見てくれなくなるよ。だからさ別れよ。僕も君といるより一人でいたい」

 「な、なんでそんなこと言うの」

 涙が溢れ出てくる。

 違うんだ

 彼は本心を言っていない

 一人で居たいなんて嘘ってわかる

 それでも悲しかった

 確かに私はあなたの弾き語りに目を奪われてしまった。

 それでもあなたの中身に惚れたのに

 いつも優しいあなたは私が泣いても慰めてくれた。

 ご飯を毎日おいしいって言ってくれた

 私への歌を作ってくれた

 家事も私だけにさせなかった

 おならをする時もすかしっぺにしようと頑張ってたっけ

 そんなあなたに惚れたんだ

 好き

 だから「別れよ」なんて彼の口から聞きたくなかった

 好きなら好きって言って欲しかった

 嘘をついて欲しくない

 あんな純粋で笑顔だったあなたが私の太陽だったのに

 やめてよ

 これ以上私を

 私を

 泣かせないでよ、、、

 「わかった」

 あなたがそう言うのなら私もあなたの言う事を聞く。

 それがあなたにとって一番私が傷つかないと思ってくれてるのなら。

 「これでいいんだよ」

 「そうだね」

 「バイバイ」

 「うん」

 顔を横に向けて窓を見て話す彼

 私だけが泣き顔見せているのは不平等だ。

 私は彼の唇に無理やりキスをした。

 彼はやっぱり泣いていた。

 悲しそうな顔

 その言葉だけでは表せない複雑な感情の混ざった彼の顔は私の大好きな彼の顔だった。

 「私“も"好きよ」

 「、、、やめろよ」

 「最後のいたずらだよ」 

 「バイバイ」

 「、、、」

 


 彼女が病室から出て行った瞬間布団がまた濡れ始めた。

 彼女がまだいるんじゃない

 僕の涙だ

 僕だって彼女と一緒にいたかった。

 でもそれは必ず僕は彼女の重りになる。

 好きな人を護りたいそう思うのは当然だ。

 なのに君は

 最後まで僕を苦しめた

 あんなことされたら忘れられなくなるじゃないか

 



 

 君が病室に来なくなって一か月、僕はリハビリを続けている。

 ピアノを弾けなくなった僕に何があるかを考えることがあった。

 リハビリも辛く苦しかった。

 だが一向に退院できそうにない。

 かなり苦しい中、退院できても何かする事があるのかを考える。

 弾き語りも彼女も失い何も失うものがなくなったが、逆を言うと今僕には幸せがないと言うことだ。

 退院しても少しメディアが取り上げて終わりだろう。

 僕は事故で死ぬべきだったのでは?

 そんなはずがないと首を振る。

 でも彼女といた時間はこれから生活していく中のどれよりも楽しく幸せだっただろう。

 ふと昔の事を思い出す。

 

 彼女と連絡先を交換した僕は食事に誘ってみた。

 30分前に待ち合わせ場所に到着した僕。

 雪の少し積もる街。周りの人達は自然の白い煙を出すが、僕は彼女がくる前にタバコを吸い人口の白い煙をだす。

 だが彼女は僕がタバコを吸っている時に来てしまった。まだ待ち合わせ時間の25分前だと言うのに。

 「タバコ吸うんですね」

 「まぁ、そうですね」

 「すみません。すぐに消します。」

 「大丈夫ですよ。ゆっくりで。」

 タバコを携帯式吸殻に入れてレストランに向かう。

 少し高いレストランに入る。慣れていない環境で話が続かなかった。

 あまり仲のよくない友達と一緒にいる時ぐらいに気まずい時間だった。

 ピアノの演奏と時計の秒針の音しか流れない環境で僕はうまく会話ができなかったのだ。

 食事は美味しかったのだろうが、メンタルを削られた僕は料理にあまり味を感じなかった。

 2回目のデートはカフェに行った。

 僕の行きつけのカフェではマスターは僕が女性を連れてきた事に驚いていた。

 「おー。あなたが女の子連れてくるなんて。珍しいこともあるのね」

 オカマ口調で喋るマスターを睨めつけて、飲めもしないブラックコーヒーを何も入れずに飲む。

 初めて飲むブラックの味はコーヒー豆をそのまま飲み込んでいる感じがするぐらい苦かった。

 苦いのを我慢して飲む姿を見て彼女は初めて僕の前で笑ってくれた。そこからは時間を忘れるぐらいでは無かったが、普通の友達のように話していた。会話が止まっても気まずいとは思わない。この空間は僕の大好きな空間だった。

 数日間自分を変えようとした。僕は彼女の苦手なタバコをやめ、ピアノを買い弾き語りの練習をした。

 ピアノは昔弾いていたのでそこそこ出来た。

 家で1人でする弾き語りは少し切なかったが彼女のためと思い練習し続けた。

 そして彼女が初めて家に来て弾き語りを披露した。緊張してミスをする事もあったが全てを出し切った感覚があった。

 僕の演奏を聴いていた彼女は泣いていた。

 何故か僕の目からも涙が出ていた。

 そこから動画投稿サイトにアップしたり、テレビに出るようになって彼女に夜。

 街に置いてあるピアノの前で告白をした。

 はじめての告白で緊張する僕。

 自分の鼓動が世界の人に聞こえると思うぐらいに早く音が大きい。僕の告白に彼女は驚いていたが、素敵な笑顔で答えてくれた。

        「はい」

 そんな彼女を自分から手放す事になるとは思わなかった。

 最後の言葉で彼女は

 『私"も"好きよ』

 と言っていた。 

 僕がまだ好きな事をわかっていたのだろう。

 ありがとう

 別れてくれて

 これで君は幸せになれる

 僕なんかどうなっていいんだ


 

 

 「失礼しまーーす」

 看護師さんがドアを開けてどっか行った。

 何がしたいかよくわからないがドアを全開でどっかに行ったて事は何か運んでくるのか?

 「いっせーので!!!」

 何かを持って看護師が入ってきた。

 「おろすよー」

 「ゆっくりゆっくり」

 「よーーーし」

 看護師たちが持ってきたのは僕の宝物のピアノだった。

 家に置くようの小さいピアノ。

 なんで僕のピアノがここにある。

 何故

 ドアの前で話し声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だ。

 僕が惚れた声

 優しい声

 僕の大好きな人の声

 「ありがとうございます」

 「いいのいいの。それより早く彼を励ましてあげて」

 「はい!」

 ドアを開けて入ってきたのはやはり



      彼女だった。

 

 ドレスを着てほとんど化粧をする事のない彼女が化粧をしヘアーアクセサリーをつけヒールを履いて歩いてくる。

 そして彼女はドアの前に溜まっているピアノを運んでくれた看護師たちに礼をした。

 彼女はピアノの前に座り鍵盤に触れた。そしてピアノを弾き始めた。

 彼女の弾く音楽は僕が作った彼女への歌だった。

 涙を流さないように我慢する。

 彼女の気持ちは伝わった。

 ありがとう

 「君のことを考え、、、」

 僕は彼女の伴奏と合わせて歌い始めた。

 彼女の伴奏は初心者の伴奏だった。だが強い思いを感じられた。

 今まで聞いてきたピアノのはうまく弾くことだけを追求されていた。

 だが僕と同じように気持ちを込めて演奏する彼女の伴奏は人を、耳を惹きつけた。 

 僕の声もずっと声を出していなかったから変な声が出ることもあった。

 それでも看護師は誰もどこにも行かなかった。

 歌い終わった後、僕は笑っていた。

 汗をかき涙も流す。

 彼女も笑顔で僕を見ていた。

 看護師は察したかのように何処かへ行ってしまった。

 少し気まずい時間が流れる。だがこの時間はあまり話したことない人いるかのような時間ではなく、何かが来るとわっている時間だった。気まずいと言うより、心地よい。

 そして彼女は赤面して僕に話しかけてきた。

 「今日から私とあなたで弾き語りましょう?ピアノなら私が弾きます。あなたみたいに技術もないし初心者の私ですがこれからは、


 私をあなたの腕と、彼女にしてください」

 

 

 




 

 つぎに交通事故に遭ってしまい昨年引退した○○さんが夫婦で復活!!!

 二人でする弾き語りはとても人気があり若者から高齢者にまで人気があります。

 そんな二人の夫婦が歌う曲は

 

 「私はあなたのためにピアノを弾く」

 

 

 

  

 

 

 

  

 







 

 

 

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