白いスニーカー

宇佐美真里

白いスニーカー

玄関で、またママがぶつぶつと言っている…。


  まったく…。

  いい歳して、あの娘…

  いつまでも、スニーカーばかり履いているんだから…。

  近所の娘はみんな、

  いつも高いヒールの靴を履いているのに…。

  しかも…こんな汚いスニーカーを

  いつまで履いているつもりなのかしら…。


いつもママは、あのスニーカーを見掛けると文句しか言わない…。

「こんな汚いスニーカー、捨てなさいよ?!」だとか、

「もっと大人っぽい靴を履けないのっ?!」と…。


私だって、きちんとした時にはきちんとパンプスを履く。

そのくらいは弁えているつもりだというのに…。

普段は「物を大事にしなさい!」なんて言っているくせに、

どうもあのお古のスニーカーだけは許せないらしい。


新しいスニーカーは苦手だ。

特に白いスニーカーは苦手だ…。

でも、白いスニーカーは好きでもある。

いや、白いスニーカー"が"好き。


好きだから、ついつい店先でも白ばかり見てしまう…。

クローゼットの中でも、新品の真っ白なスニーカーが出番を待っている。

なかなかにやって来ない出番を…。


  買ってきたかと思ったら、それもまたスニーカーだったし…。

  あら?そう言えば、

  あのスニーカーはどうしているのかしら?

  履いているのを一度も見たことがないけれど…。


新しい靴は、いつも少しぎこちなくて

歩く度、微かな痛みを引き摺ることになる。それが嫌だ。

一歩ずつ、履き慣らしていかなければ、

いつまでも、ぎこちなさはそのままなのに…。


そして…、新品の真っ白なスニーカーは何処か気恥ずかしい。

まるで化粧も何もせず…"すっぴん"で外に放り出されてしまった様な感じ…。

一歩ずつ、履きこなしていかなければ、

いつまでも気恥ずかしさは変わらないのに…。


だから…だから、どうしても、ボロボロだけれど

しっくりと足に馴染んだスニーカーに足を通してしまう。

それだけの時間を、私はお古のスニーカーと、そして………。


でも、それはもう昔の話。


  スニーカーばかり履くのなら、

  せめて、もう少し綺麗な物を履いて欲しいわ!

  少しは、小綺麗に見える努力くらいしないものなのかしら?

  ほんとうに…。


そうだっ!!

今日こそは新しい、真っ白なスニーカーを履いて行こう!

彼もこの前、スニーカーを新調したばかりだ!

初めて私が、彼へと選んだスニーカー。

その色は、やはり白…。

今日は履いて来るかしら?



仕舞ってあるはずの箱を、クローゼットの奥に私は探す。

そして…。


「あった!あった!!」


当然のことだけれど、

箱から顔を見せたそのスニーカーは、真っ白に輝いている。

"ニューフェイス"を手にし、私は部屋を出る。

玄関でしゃがみ込み、しっかりと紐を結ぶ。

扉を開けながら、奥へと振り返り、私は叫んだ。



「ママ~っ?!

 このお古のスニーカー、捨てておいてっ!

 それじゃあ、出掛けてくるっ!」



飛び出した私。

外の光に、ほんの一瞬、目をヤラれながらも、

ようやく陽の目を見た、おニューのスニーカーに視線を落とす。


  何なのかしら?突然…捨てておいてって?

  まぁ、何にしても、

  あのスニーカーを捨てられると思うと、ほっとするわ…。

  やっぱり、新しい彼の前では、

  小綺麗にしたいものなのね…あの娘でも?

  うふふふふ。


卸したての白は、街の景色に眩し過ぎる…。

だけれど、すぐに馴染んでくれるに違いない。

足にしっくりと馴染むのと同時に、秋の街並にも馴染んで行くだろう。


そう。それは…彼と過ごす時間と共に。


またママに、ぶつぶつと文句を言われるほどに汚れてくれるのが、

今から楽しみで仕方ない。駆けながら私は思う。


白いスニーカーで、秋の街を駆ける。

白いスニーカーが、私は好き…。



-了-

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