第13話 指輪は嘘をつかない

「重量がありますので、注意して運んで下さいね」

「はい。それではお預かりします」


 二つ目の依頼クエスト。お客さんに納品する商品を受け取るために、僕は仕事の依頼人である酒屋へと訪れていた。

 何でもこの店は、国が発行した『特別認可証』持ちの酒保商人が経営している支店のひとつらしい。普通は商業都市や王都に行かなければ手に入らないような珍しい商品を多く取り扱っているのだそうだ。

 今回僕がお客さんのところに配達してほしいと預けられた品は、一本で白金貨三枚もする最高級の果実酒を五本。配達先は、この町の南側にある一等地に住む貴族の家である。

 これほどの高級品だったらわざわざ外部の人間を雇って運ばせないで、扱いに手慣れた店の従業員が配達に行けばいいんじゃないのかなって思うんだけど……

 金額が金額だから、配達中に万が一のことがあったら怖いから嫌だ、って従業員たちは誰も行こうとしなかったらしい。

 その万が一には、運搬中にうっかり落として瓶を割る破損事故以外にも強盗に襲われて品物を奪われる、という懸念が含まれていて、それなら今回は強盗対策も兼ねて荒事に慣れている人間を雇おうか、ということになったのだそうだ。

 ……僕が言うのも何だけど、その雇った人間に預けた商品を持ち逃げされる懸念はしなかったのかな。冒険者ギルドを通して依頼してるからその辺の心配はしてないのかな。

 まあ、いいけど。


「こんなちぃとしかない酒に、よくそんな無駄な金をかけようと思えるもんじゃのう」


 肩を竦めるツクヨミに、僕は苦笑する。


「うん、僕にも理解はできないかな……でも、それがいいんだって言う人もいるんだよ。世の中には」

「同じ金をかけるのなら、わちきは美味い飯の方が良い。新鮮な魚に、焼きたてのパンに……何じゃ、飯のことを考えたら腹が減ってきてしもうたな」

「あはは、そっか。それじゃあこの仕事が終わったら夕飯にしようか」

「うむ」


 ツクヨミは一応元王族で、上等な酒を飲む機会もそれなりにあったと思うんだけど。貴族とか王族って酒とか菓子みたいな贅沢な嗜好品を日頃から如何に嗜んでいるかが一種のステータス、みたいな風潮があるのに。

 それとも、元々飲酒はしないタイプだったのかな? 貴族でも全然飲めないって人は飲まないみたいだし。まぁ、そういうタイプの人は珍味とか別の嗜好品に金をかけたがるから、結局は庶民よりは浪費癖がある人間ってことに変わりはないんだけど。

 ……いや。多分、そうじゃないな。

 故郷から逃げ出して、それからはとにかく腹を満たすことに必死になっていたから、生きていく上で不要な嗜好品には興味がなくなっちゃったんだろうな。


「配達先は此処から近いから、手っ取り早く終わらせちゃおう。お客さんもこれが届くのを待ってると思うし」


 僕は酒が入っている木箱を酒屋から借りた大きな布で包んで、ナップザックから取り出した圧縮袋にしまった。

 酒瓶五本入りの木箱とはいえ、袋の圧縮効果で体積と重量が四分の一になれば持ち運ぶのは簡単だ。わざわざ腕力強化の魔法を使うまでもない。

 箱に布を巻いたのは、衝撃から防護するためだ。いくら体積が減るとはいっても、外部から受けた衝撃はそのまま中に通るからね。

 容量無限大の鞄なら、その鞄の中自体が異空間になってるようなものだから外部からのショックも完全遮断できるんだけれど……急ぎで欲しい品でもないとはいえ、こういう時にはあれば便利なのにな、と思ってしまう。

 鞄のことは、『目』の材料を集め終わった後で改めて考えよう。


「折角新鮮な魚を買ったし、今日の夕飯は町の外でバーベキューにしようか」

「ばーべきゅー、とは何じゃ?」

「あぁ、こっちじゃそういう風には言わないのか……ええと、生の肉や野菜を直火で焼くんだよ。僕の故郷だと竈の上に焼き網を載せて、その上に食材を置いて焼くんだけど、焼き網を使う代わりに串に刺すやり方もあるんだ」

「ほう」

「新鮮な海の魚なら、塩味が利いてて余計なスパイスなんて使わなくても美味しいんじゃないかな?」

「おぉ、それは美味そうじゃの。楽しみじゃ」


 などと野宿飯の話をしながら、僕たちは商品の配達先である貴族の屋敷に赴いた。

 一等地に建てられてるだけあって、建物も大きければ庭も広い。日本じゃ何億もするだろうっていう大豪邸である。

 周囲をぐるりと高い塀に囲まれていて、正門のところにはかっちりとしたサーコート姿の男が立っている。多分此処で雇われている警備の人間だろう。

 体格もがっしりとしていて、なかなか渋い顔をしたダンディなおじさんだ。きっと若い頃はイケメンだったんだろうな。


「すみません、僕、冒険者ギルドから派遣された冒険者なのですが……ミロス商店からお預かりした品物を配達しにお伺いしたのですけど」


 ミロス商店とは、酒屋の名前である。

 自分が怪しい者ではないという証明として等級ランク章を相手に提示して、続けて圧縮袋から取り出した品物を見せる。

 等級ランク章を確認した警備員は、僕の顔と持ってきた品物を交互に見て、引き締めていた表情を若干柔らかくした。


「成程、確かにギルドが発行している等級ランク章だな……ティンランクか、随分と新しそうな指輪だが……ひょっとして君は冒険者になったばかりなのかな?」

「は、はい。先日独り立ちしたばかりでして……冒険者としての初めての仕事なので、緊張しています」


 等級ランク章は、冒険者としての身分証である。見た目は板状の水晶が填め込まれたシンプルなデザインの指輪なのだが、この水晶の中には装着者の個人情報が記録されていて、冒険者ギルドにある専用の魔法の道具マジックアイテムを使うと記録された情報を読み取ることができるのだ。

 記録された情報の内容は、装着者の名前から始まり、年齢、性別、種族、職業、冒険者としての等級ランク……と、実に様々だ。昇級に繋がる査定ポイントに関することも、勿論記録されている。

 とはいっても、等級ランクと査定ポイント以外の情報は冒険者自身がギルドに申告した内容がそのまま記録されるから、そこに記録されてる名前や年齢が本当のものだって証拠にはならないんだけどね。

 人前でそう名乗ってそう振る舞っている限りは、偽名だろうが年齢詐称していようが構わないらしい。割といい加減なんだな。

 記録情報は冒険者ギルドに行かないと確認はできないけれど、等級ランクだけだったら指輪の色を見れば判別できるようになっている。指輪本体がそのまま等級ランク名と同じ素材で作られているので、一目瞭然なのだ。

 錫と鉄と銀って色味同じなんじゃないかな、って思うかもしれないけれど、実は微妙に違いがあるらしい。この世界の人たちはその微妙な違いを瞬時に見抜くので、間違えられたことは一度もない。僕は何処がどう違うのかが全然分からないけれど……

 因みに僕は冒険者認定されてから二年くらい経過しているから、厳密には新米とは呼べない。でも、等級ランク章を貰ってから一人で冒険者としての仕事をするのが初めてというのは本当のことだし、新米扱いしても嘘にはならないだろう……と、思う。

 僕の言葉に、警備員は今度こそ誰が見ても分かるレベルで笑う。


「あぁ、その気持ちは分かるよ。私も若い頃は君と似たようなものだったからな。子連れで冒険者稼業か、若いのに大したものだ」

「え……まぁ、その……あはは」


 どうやら隣にいるツクヨミを僕の娘だと勘違いしてるみたいだけど、ツクヨミ当人も空気を読んだのか何も言わなかったので、この場ではそういうことにしておいた。


「通っていいぞ。玄関口に行けば使用人がいるから、後のことはそちらに訊いてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」


 警備員に御礼を言って、開いてもらった門扉を通り抜ける。

 納品する品物は、両腕で大切に抱えたままだ。流石に此処まで来れば強盗に荷物を盗られるなんてことは起きないだろうし……こっちの方が品物の配達に来た人間ですって分かるだろうしね。

 屋敷の玄関口の前には、燕尾服……ではないけれど似たような感じの礼服を身に着けた使用人らしき人物が佇んでいる。教えてもらった通りだ。

 この人に品物を預ければいいか。品物を無事に渡せれば、僕自身がわざわざ屋敷の中に入る必要はないわけだし。


「ミロス商店からのお届け物です」

「ああ、主人から伺っております。お一人で運んで来られるとは、重かったでしょう。ありがとうございます」

「大丈夫です、僕、冒険者なので力仕事はそれなりにできますから」


 圧縮袋に入れてたから実質四分の一だったしね。重さ。


「品物はこちらでお預かり致しましょう。後は私の方から主人に渡しておきます」

「宜しくお願いします。では、こちらを──」

「──────!!」

「──ん?」


 布包みを取った箱を使用人に預けようとしたところで、奇妙な音を聞いた僕たちの挙動がぴたりと止まった。

 今のは……叫び声、だったよね? 女性の。

 悲鳴じゃないんだけれど、何だろう、物凄く慌ててるような……


「今の声って……」

「奥様の声ですね。申し訳ありません、失礼致します」


 言うなり、使用人はさっさと踵を返して屋敷の中へと入ってしまった。

 え……どうせだったらついでにこれも持って行ってほしかったな……そうすれば僕は帰れたのに。

 どうしよう、此処で待っていれば良いのだろうか。勝手に屋敷の中に入るのは良くないし。

 でも、あの様子だといつ戻ってくるのかも分からないしなぁ……

 フスン、と呆れた様子でツクヨミが鼻を鳴らしている。


「何じゃ、忙しないのう。酒も受け取らずに」

「中で何かあったみたいだね」

「酒を届けに来たことは先方にも伝わってるんじゃし、此処に置いておけば良いのではないか?」

「そうはいかないよ。一応高級品だし、割れ物だし……」


 せめてさっきの使用人がすぐに戻ってくるかどうかだけでも分かればいいんだけど……

 仕方ないな。無許可で屋敷に入って不法侵入者扱いされるよりはマシだろう。


千里眼クレルヴォイアンス


 小声で魔法を発動させて、屋敷の壁を透視して内部の様子を探る。

 千里眼クレルヴォイアンス──千里眼の名前がある通り、遠く離れた場所を見通すための魔法である。

 効果内容だけを聞くと視界共有イデム・オクルスと似てるって感じるかもしれないけれど、あれとは全くの別物だ。この魔法はあくまで自分が立っている場所を起点として視界を飛ばすから、千里眼の名前が付いてるけれど何処までも際限なく見通せるわけじゃない。距離にしてせいぜい十キロメートルくらいが限界だと思う。

 その代わりにあらゆる障害物を貫通して視界を飛ばすことができるから、四方を壁に囲まれた閉鎖空間や密閉された箱の中身すら問答無用で暴くことができる。見渡せる範囲内であれば、隠蔽魔法で隠されていようがお構いなしだ。遠方を見るための魔法と言うよりも、透視するための魔法って説明した方が良かったかな?

 一般的な魔法だと『ホークアイ』の効果がこれに似ている。ただ、ホークアイだと視界を空高く飛ばして鳥のように遠くを見通す形になる上に透視効果はないから、天井のある屋内や森林の中では視界を障害物に遮られて殆ど役に立たないのが欠点だと言える。便利といえば便利ではあるんだけれど、使える場所が限られる魔法なのが惜しいところだ。

 さて、中で何が起きたんだろう。

 え、勝手に他人の家の中を覗くのは犯罪じゃないのかって?

 流石に家の中にある物を無断で持ち出したら泥棒になるけれど、ちょっと中を覗き見したくらいじゃ罪にはならないよ。

 日本だと信じ難い感覚かもね。でも、この世界ではそれが普通なんだ。

 何故なら、此処が日本とは違って危険がそこかしこに転がっている世界だからだ。自分の命を守るために見ず知らずの人の家に飛び込むこともあるのが常識になっているから、家の中を見られた程度のことで怒る人なんていないんだよ。

 まぁ、それでも完全に個人のプライバシーが存在しないわけじゃないし、上流階級の人の中にはそういうことをやたらと気にしている人もいるみたいだけれど。

 壁の存在を無視して、視界が勝手に宙を滑るように移動していく。

 見えてきたのは、ひときわ広々とした部屋だ。大きなテーブルに幾つもの椅子……多分これは食堂かな。さっき玄関口ここで僕の対応をしてくれた使用人らしき人の姿も見える。

 その他にいるのは、明らかに貴族と分かる服装をした女性が一人。叫び声の主は恐らく彼女だ。

 そして、彼女の足元──綺麗に磨かれたマーブル模様の石の床は、大量の白い砂利のような物体が散乱して派手に汚れていた。

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レンドアビリティ~英雄から無能扱いされた雑用係は英雄に己の能力を貸し与えていた神の使徒でした~(仮題) 高柳神羅 @blood5

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