私がキレイになったわけ
烏川 ハル
私がキレイになったわけ
「有田さん、最近きれいになったよね。化粧品でも変えたのかな?」
バリトン
ここまで米野くんは、ビールを何杯もお代わりしていた。飲めない私にしてみれば、信じられないような、羨ましいようなペースだ。もしかしたら、少し酔ったからこその発言だろうか。
私はひたすらウーロン茶なので、こういう飲み会の場でも、酔うことは出来ないのだが……。それでも顔が赤くなるのが、自分でもわかった。
今夜はサークルの飲み会だ。
高校時代の私は、大学のサークルとはチャラチャラした軽いところだと思っていたが、いざ大学生になってみると、その認識も少し変わった。
一部のテニスサークルとかイベントサークルとか、コンパや男女の交流がメインのサークルもあるかもしれないが、むしろ高校のクラブ活動のようなところの方が多いみたい。
私が入った合唱サークルも、真面目な団体だった。週三回の練習は、パート練習が中心で、全体練習は最後の30分だけ。
同じ音楽でもオーケストラとか吹奏楽のような『楽器』ならば、一つのパートに男女が混在するのだろうけれど、合唱は違う。私のパートであるアルトは女声の低声部であり、そこに男の子は存在しない。
せっかくサークルに素敵な異性がいても、練習最後の30分しか顔を見ることができない、というのが、私のサークルのシステムだった。
とはいえ、一応は大学のサークルだ。練習以外にも、部員同士の交流の場は用意されていて……。
例えば、今夜の低声コンパ。女声の低声部であるアルトと、男性の低声部であるベースの、合同コンパだ。『合同コンパ』と書いてしまうと、途端に『チャラチャラしたサークル』っぽくなってしまうけれど。
「……あれ? 女の子に『きれいになったね』は禁句だっけ? これもセクハラになるのかな?」
黙ってしまった私に対して、少し困った顔になる米野くん。
私は否定の意味でバタバタ手を振りながら、慌てて口を開いた。
「そんなことないよ! むしろ嬉しいくらい! ただ、突然だったから驚いて……」
そう、突然だったのだ。
つい先ほどまで私たちは、低声部独特の苦労や面白さについて語り合っていたのだから。
低声パートとして、全体の音楽を下から支えることの心地よさ。私はアルトだから、女声合唱では低声だが混声合唱では内声となり、今度は間に挟まって和音を構成する、という楽しみに変わる。
ベースは混声でも男声でも一番下だが、米野くんはベースとしては高めの声なので、男声合唱の時はベースの上半分、つまりバリトンに回っている。だから内声ということになり、やはり私のように、低声と内声の両方を経験している形だった。
だから、本当に話が合う、という感じで……。
前々から私は「米野くんって、なんだか素敵」と思っていただけに、その恋心が加速していくのを、自分でも感じていた。
そんな時に「きれいになった」と言われたら、そりゃあ、驚いて硬直もしますよねえ?
結局。
私をドキッとさせた発言の後。
また普通の会話に戻って、お互いの好きな作曲家の話とかで盛り上がって。
あっというまに楽しい時間は過ぎて、コンパは終了となった。
特に二次会という話もなく、その場で解散となった直後。
友人の清美が、私のところに駆け寄ってきた。
「ねえねえ、ちょっといい雰囲気だったわね」
ニヤニヤする清美。
先日の女子会で「最も素敵と思う男子の名前を挙げよ」と言われて、私は米野くんの名前を出したからなあ。清美はそれを覚えていて、今日のコンパで私と米野くんが隣同士と気づいて以来、私の方に注目していたらしい。
「『きれいになった』とか『化粧変えた?』とか言われてたわね」
「いや、それは……」
そもそも私は、ろくに化粧もしないタイプだ。悪く言えば地味、良く言えば純朴というところだろう。
清美だって、それくらいわかっているくせに!
「否定しなくていいよ。あっちゃんがキレイになったのは、本当の話だし」
「……え?」
私が目を丸くすると、清美は声を出して笑った。
「ハハハ……。やっぱり気づいてないのね。あっちゃんらしいわ」
それから、少し真面目な顔で、
「あっちゃん、本当に変わったのよ。特に、肌の輝きが違う、って感じかな」
「でも、私、化粧なんて……」
「わかってる、わかってる。だけどね」
チッチッチッという仕草で人差し指を振りながら、清美は言い切った。
「女性を美しくする魔法の化粧品。それは、恋をすることなのよ」
(「私がキレイになったわけ」完)
私がキレイになったわけ 烏川 ハル @haru_karasugawa
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