第四話 三人の高校生

   

「本当に私でいいの……?」

 と、返す広美だったが。

 その顔には驚きではなく、満面の笑みが浮かんでいた。

 広美は休み時間、いつも席で本を読んでいる。クラスには友人と呼べる存在はおらず、用事がなければ誰も彼女に話しかけてこない。

 それでも、近くで騒ぐ女子たちの噂話が耳に入ってくることはあったし、そもそもクラスが同じなので、結城力也のことは何となく知っていた。

 勉強の成績は中くらいだが、スポーツは得意で、ルックスも悪くない。恋人がいても不思議ではないのに、そんな噂は聞かないという。

 広美が心の中で「彼みたいな人が恋人だったら、人付き合い苦手な私のことも、うまくリードしてくれるんじゃないかな?」と勝手に想像している男の子の一人だった。

 まさか、その結城力也が、自分に惚れていたなんて!



 力也にしてみれば、青天の霹靂だった。

 一世一代の告白をした相手が、クラスの地味な女の子にすり替わっていたのだ。後ろ姿は確かに、自分が惚れた青田姫子のものだったのに……。

 しかし。

 改めて考えてみると。

 それだけ『後ろ姿』なんてありふれている、ということだ。ならば、いったい自分は何を追いかけていたのだろうか。青田姫子に対する想いも、幻想だったのではないだろうか。

「五島さん……」

 目の前に立っている女の子は、五島広美。同じクラスだが、教室の隅で目立たない生徒だから、言葉を交わしたことはないはず。正面からジーッと眺めたこともなかったが……。

 初めてきちんと見た五島広美は、美しい少女だった。

 いや顔の造作そのものは平均的なのだが、そこに浮かんでいる表情が際立っていたのだ。幸せいっぱいの笑顔であり、神々しいまでに輝いていた。

 彼は心の中で思った。まるで魅了チャームの魔法だ、と。

 それくらい一瞬のうちに、彼の心は、彼女のとりこになっていた。

「ごめん、少し間違っていた。『ずっと前から』じゃないから、言い直させてくれ」

 そう宣言して、大きく深呼吸する力也。

 先ほど、微妙に嘘をついているようで落ち着かなかったのを、反省したのだ。早速そこから学んで、今度は、自分の心に正直になって……。

「今この瞬間、僕は君に惚れた。好きだ、五島さん! 僕と付き合ってくれ!」

 五島広美の笑顔が、さらにニンマリとする。

 もう返事は聞くまでもなかった。

 しかし、この時。

「ちょっと待って!」



 姫子の内心は、パニックに陥っていた。

 詳しい事情は不明だが、なぜか結城力也が、どこの馬の骨ともわからぬ地味な女に告白しているのだ。しかも彼は、いかにも誠実そうな顔で何やら言い直して、相手の方も受け入れるつもり満々の態度。

 これ以上二人の間に言葉は要らぬ、という空気が流れていた。

「冗談じゃないわ!」

 空間ごと雰囲気を引き裂くくらいの勢いで、姫子は大きく叫ぶ。

 自分が結城力也とカップル成立になるはずだったのに、そのポジションを、こんな女に取られてたまるものか!

「結城君は、私に告白してきたのよ! あなたなんかに渡さないわ!」

 姫子はガバッと抱きついて、

「行きましょう、結城君!」

 彼の右腕を引っ張り、二人で立ち去ろうとするが……。



「あら、勝手なこと言わないで」

 広美の声は、自信に満ち溢れていた。今までとは全く違う響きであり、一度男子に告白されただけでこうも変わるのかと、彼女自身が驚くくらいだった。

「どこのどなたか存じませんが、あなたは過去の女ですよね? いつ告白されたにせよ、私よりも昔のはず。だって私は、たった今、結城君に告白されたんですもの!」

 慇懃無礼にも聞こえる口調で、理路整然と主張する。今現在、彼の心を占めているのは自分の方だ、と。

 そして力也の左腕をギュッと抱きかかえたが、反対側の姫子も、彼を離そうとはしなかった。

「あら、それって一時の気の迷い、ってやつだわ。結城君が本当に好きなのは私だもの! ラブレターをもらったのも、ここに呼び出されたのも私!」

「まあまあ。ラブレターとか呼び出しとか、過去の思い出にしがみつくのは、みっともない話ですよ……。もっと現在に目を向けてみてはいかが?」

「過去じゃないわよ! 今朝の話よ!」

「今朝って何時間くらい前かしら。あなた『過去』って言葉の定義、ご存知?」



 力也を取り合う二人の少女の間で、彼は、何も言葉を挟めなかった。

 二人とも精一杯の力を込めて彼を引っ張っているようだが、しょせん女の細腕。大して痛くも苦しくもないし、体が引き裂かれる心配もなかった。

 それよりも。

 どちらも美しい黒髪の持ち主だ。右の姫子は、ふわっと良い香りで、左の広美は、笑顔が素敵。

 これはこれで悪くない、と思ってしまうのだが……。

 そう言っていられるのも、今のうち。どれほど前途多難な状況なのか、力也は、全く理解していなかった。




(「恋の生まれるゴミ捨て場」完)

   

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恋の生まれるゴミ捨て場 烏川 ハル @haru_karasugawa

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