第三話 青田姫子

   

 その日の朝、靴箱を開けた瞬間。

 水色の封筒を見つけた青田姫子は、眉間にしわを寄せた。

「何よ、これ? まさか、漫画じゃあるまいし……」

 パターン的にラブレターが頭に浮かぶと同時に、どうせ友人のイタズラに決まっている、とも思った。

 だから笑い飛ばすつもりで、さっさと開封して、中身を読んだのが……。

「何よ、これ! 本物じゃないの!」

 思わず大声を上げてしまう。他の生徒から奇異の目で見られるのではないか、と気になって、急いで周りを見回すほどだった。

 だが、朝の喧騒に紛れたのか、あるいは、姫子に関心を向ける者がいなかったのか。特に注目された様子はなかった。

 とりあえず、改めてラブレターの文面を読み直す。オーソドックスな告白やら呼び出しやら。あまりスマートとは思えなかったが、差出人の名前には、少し心惹かれるものがあった。

「結城力也って……。隣のクラスのあいつよね?」


 言葉を交わしたことはないが、名前は聞いたことがあり、会えば顔もわかるはず。女子の噂にも出てくるような、そこそこ人気のある男の子だ。

 中学は私立の男子校で、スポーツ強豪校として有名なところだったらしい。サッカー部で前途有望と期待されていたのに、脚を怪我して引退。系列の高校にも進学できなくなり、公立の高校に来た。この高校では、何も部活には入っていないという。

「何よ、それ。少年漫画の主人公か、少女漫画の相手役みたいなキャラ設定じゃないの!」

 と、話を聞いた時の姫子は、げらげら笑い飛ばしたのだが……。

 その漫画のようなキャラが、自分に恋をしているなんて!

「これって、逃がしちゃいけない優良物件よね……」

 今まで恋愛とは無縁の姫子だが、そこは思春期の少女。人並みに興味はあった。

 それに彼女は、自分が『姫子』という名前に負けている、と感じながら生きてきた。だが、そのような男の子を彼氏に出来るのであれば、いわば少女漫画の主役に躍り出たようなもの。これで名実ともに『姫子』になれる、とすら思うのだった。


 約束の時間は、放課後すぐではなく、かなり遅くに設定されていた。

 一日そわそわと過ごした後、さらに図書室で時間を潰して……。

「そろそろよね?」

 独り言が口から漏れたのは、自分を落ち着かせるためだろうか。それまでの待ち遠しい気持ちを上書きするくらいに緊張して、妙にドキドキしていた。

「ああ、もう! 今からこの有様じゃ、いざ付き合い始めたら、どうなっちゃうのかしら?」

 そんな心配もしながら、校舎裏へ向かうと……。

「ずっと前から好きでした! 僕と付き合ってください!」

 姫子を呼び出したはずの結城力也が、別の女の子に告白していた。

   

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