「あー、完全に墓穴掘ったぁ……」


 小谷さんと倉崎さんが部室に来るようになってから数日後のこと、姫野は俺の部屋のベッドに突っ伏して、力なくそう繰り返していた。


「まぁそう言うなよ。ナッツも、お前のお願いを叶えようと一生懸命だったんだ。ジーンもな」


 姫野の心中を慮ると胸が痛む。俺はそんな彼女を少しでも元気付けようと、言葉をかける。


「……うん、わかってるけど。そういう人だから好きになったんだし。ああ、二人の仲を見たら、引っ掻き回したくないし、あんな良い子とは争えない。終わりだね」


 と、少しは元気が出たのか、姫野は顔を上げ、二人のために、潔く身を引く決意を固めたことを明かしてくれる。

 良い子だと思った。改めて、そんな彼女が部に来てくれたことには、感謝の言葉しかない。なので、俺はその気持ちをそのまま口にした。


「ありがとな姫野。ウチの部に来てくれて。お前と接してなかったら、女性に対する免疫ができてなかったら、ジーンもナッツも、リアルで相手に会おうなんて考えなかったと思う。二人にとって、君が来てくれて本当に良かった。きっと、小谷さんと倉崎さんにとっても」


 それを聞くと、姫野は可笑しそうにふっと笑った。少し皮肉めいた、それでいて、暖かな笑みだった。


「……そっかぁ。じゃあ、よかったのかぁ」


 そして、嘆息と共に、噛み締めるようにそう呟いてから、彼女は言った。


「本当のこと言うとね、私、日野くんに告ったり、付き合ったりしたいかって言ったら、微妙な気持ちでいたのね。だって、日野くんのことは好きだし、ジーンは良い奴だし、それから、あんたとも遊んでたいし、……今の形のここが、一番の居場所だから、変に崩したくないって、そう思ってたんだ。それに、あんた達が作るゲームが好きだから、純粋な一員になりたいって、そう思うし」


 好きな人がいる。でも、好きな場所は壊したくない。微細で複雑な想いだったが、俺は痛いほど理解できた。なぜなら――


「ありがとう。俺も同じ気持ちだよ」


 姫野はそれを、俺も今の現文部が一番の居場所だと思ってるという意味だと受け取っただろう。だけど、違う。俺が胸の内に隠しているこの想いを、君はまだ知らない。


 そして、思いの丈を吐き出しきると、姫野は最後に、全てを吹っ切るように、膝を抱えてうずくまり、涙ながらに叫んだ。


「あああ―――! 日野くん! 好き! 好きだよぉぉぉ―――――!」


 俺はお前のことが好きだ。

 その姿を見て、そう言ってあげたい衝動に駆られた。お前がどんなに一生懸命だったか、近くで見てきた。俺はそんなお前のことが好きだ。


 だけど、今はまだ、言わない。いつか絶対に聞いてほしい。この想いを。だけど、今はまだ、言わない。

 今言えば、少しは元気付けられるのかもしれない。でも、それは今に限ったことかもしれなくて、その先は、俺達が今のままの関係じゃいられなくなってしまうのかもしれなくて……

 だから、今はまだ、言わない。

 今のままの形が、一番の居場所だって言ってくれたから。



 小谷さんと倉崎さんは、さすがオタというかパソコンに強く、プログラミングができて、俺達のゲーム制作のスピードは飛躍的に向上。

 姫野は絵がめちゃくちゃ上手いことが判明し、カードゲームの肝でもあるモンスターやアイテムのグラフィックをガンガン描いて、俺達を助けてくれた。

 そうして俺達が作るこのゲームが、実際どれだけ世の中に受け入れられるのか。本当のところは、まだよくわからない。

 だけど、一つだけ、もうわかっていることがある。

 これが、俺達にとって、最高のゲームになるということだ。


 現代文化研究部の部室、そこではちょっと冴えないところもあるヤツらが、今日も楽しくゲームを作っている。


              (完)

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現代文化研究部 林部 宏紀 @muga

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