仮想と現実②

 ジーンが詩帆ちゃんを部に誘う一方で、ナッツもまた、姫野の頼みを受けて動いていた。

 ナッツもまた、ネトゲで知り合い交友を深めたクランという少女にゲーム内で会っていた。もっとも、2人はジーン達と違い、ゲームの攻略に力を入れるタイプだったが。



「うわー、キレーだねー!」

「ああ!」


 女の子の部員を連れてきてくれ、姫野さんにそう頼まれた俺、日野夏樹は、家に帰ると早速ネトゲにログインし、クランに会っていた。

 そして、今日もメインシナリオを進め、俺とクランは凍り付いた湖が蒼い炎に包まれる光景を、並んで眺めていた。


「火酒を凍った湖の表面に振りまいて全面を一斉に溶かすと封印が解けるなんて盲点だったね」

「ああ、でも苦労した甲斐があったな」

「うん!」


 表面の火酒が燃え、湖全体が幻想的な色の炎に包まれる。そして火酒が蒸発し切り炎が消えると、次の瞬間、地響きと共に湖の中から何かがせり上がってきた。

 氷の膜を突き破り姿を現したのは、一本の大木。世界樹ユグドラシルだ。

 俺とクランがその枝に飛び乗ると、大木はみるみる巨大化。そして、天に、天に向かって伸び、ついには空に浮かぶ雲を貫いた。と、そこには雲の上に浮かぶ城がそびえ立っていた。


「やったー! ついに辿り着いた――! やったねナッツ!」

「おお! なんか感動するな!」


 その荘厳な威容を前に、俺とクランは歓喜のハイタッチを交わす。

 攻略に力を入れるからこそ、俺とクランは、もう何度もこんな光景を二人で見てきた。

 それが俺とクランとの絆だった。


 その後、天空の城を攻略すると、帰り際に、その城の前で、俺はクランに切り出した。


「クラン、話があるんだ」

「ん? なにナッツ? 改まって」

「俺、今、ASTCGってゲームを作っててさ……」


 そのゲームと現文部の説明を簡単にすると、俺は本題に入った。


「良いゲームになると思うんだ。だから、俺と一緒に、そのゲームを作らないか? リアルで、一緒に」


 俺がドギマギしながら必死に言った誘いを聞くと、クランはクスクスと可笑しそうに笑いながら言った。


「それって、リアルで私に会うための口実?」

「あっ、いや、ちがっ!」


 それに、俺は顔を真っ赤にしてあたふたとするが、彼女はそんな俺をよそに、さらりと言った。


「会うのはいいよ」

「えっ?」


 予想外にあっさりとOKをもらえたことに面食らう俺をよそに、彼女は淡々と続ける。


「会えばすぐに、私がつまらない人間だっていうことがわかると思うから」


 一瞬、言葉に詰まった。まさか、明るいと思っていたクランが淡々とそんな言葉を口にするとは、思ってもみなかった。


「え? いや、なんで? クランは全然つまらない人間なんかじゃないだろ。今日だって――」

「会えばわかるよ」


 クランは初めて見せる無機質な様子で、俺の言葉を遮るようにして、そう繰り返す。

 彼女がどうしてそんなことを言うのかわからなかった。なぜなら、彼女と過ごした日々は、俺の中で自慢だったから。

 だから、俺は必死に心の中で彼女の言葉を否定し続けた。


 だけど、彼女と会う約束をした当日、彼女が自分のことをそう言う理由がわかった。


「ナッツ? お待たせ。驚いた? これがリアルでの私」


 待ち合わせ場所に現れたクランは、車イスに乗っていた。


 クランは、ゲームでのクランに近い、黒い綺麗な長めの髪をしていて、目鼻立ちがはっきりした部類の、まあ可愛いといっても差し支えの無い容姿をした子だった。

 そんな彼女が乗る車イスを押してレストランへと向かいながら、俺達は話をした。


「私、下半身が麻痺して動かないんだ。病気とかじゃなくて、生まれ付きのハンディキャップ」

「そうだったんだね。正直、予想外だったけど、でもだからって、つまらない人間だなんて――」

「すぐにわかるよ」


 またそんなことを言う。正直不本意だったが、しかし、まるでそれが予言めいて、それから何度も良くないことが起こる。


「あれ!? そういやこのレストランって2階だったっけ!? エレベーターもない……」


 行こうと予定していたレストラン、その前に来たところで、そこが車イスでは入れない立地であったことに、俺ははたと気が付いた。想定していなかった事態であった。


「まだまだ世の中バリアフリー化が進んでないからね~。新しく建てられた施設だって、一階は駐車場でエレベーター無しなんてよくあることだし。ナッツが悪いわけじゃないよ。気にしないで」


 気まずい、申し訳ない気持ちになってしまう俺。と、そんな俺を気にかけて、クランは話を振ってくれる。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。ナッツはリアルでなんて名前なの?」

「あ、ああ! 俺、日野夏樹っていうんだ」

「ふーん、夏樹でナッツかぁ。いい名前だね。私は倉崎楓」

「お、おお! 素敵な名前」


 楓に聞かれて、そこでようやく俺は、やっぱり自分が車イスを見て動揺していたんだということに気が付いた。名前を聞いていなかっただなんて。

 そうして、今一つ平静を取り戻せないまま、次に食事を後回しにして行った映画館では――


「なんで車イス席が一番前なんだよ……」


 なぜか車イス席が最前列に設けられており、楓はそこで、俺はその隣の席で映画を観ざるをえなくなった。


「これも車イスあるあるだね~」


 楓はあっけらかんとそう言うも、最前列はスクリーンが観づらい……。上向き加減にならないといけないから首も痛い。


「ね? 私といても、ちっとも面白くなんてなかったでしょ?」


 映画の後、行ったレストランにて、楓は出し抜けに、自嘲気味にそう言った。


「私さ、子供の頃から、他の子達と同じようにしたり、一緒に遊びに行ったりできなかったから、友達って、できたことないんだ。つまんないって思われたんだと思う。今日みたいなことばっかりだし。ナッツだってイヤでしょ? こんな重くて面倒な女。だから誰かと一緒に世界を走り回ってみたくて、ネットゲームを始めたんだ。ナッツ、付き合ってくれてありがとう。すっごく楽しかったよ」


 続けて、楓が寂しげに言った言葉を聞き遂げた俺は、改めて彼女を部に誘いたくなった。


「だからこそ、俺と一緒にゲームを作ろうよ」

「え?」


 予想外の返答に戸惑う様子の楓。しかし、俺の言葉は止まらない。


「楓、一緒にゲームをやってこんなに楽しい相手は、君が始めてだった。俺は、君のその純粋で綺麗な心に惚れたんだ。未知の領域に踏み込む度に真っ直ぐに感動する君の姿を見て、もっともっと新しい世界を見せてあげたい。そう思ってた。だから、次はこのリアルで、俺と一緒にゲームを作ろう。楽しいことばかりじゃないリアルだからこそ、俺は楽しいゲームを作りたいんだ。また、一緒に踏み込もう。二人でなら、きっと楽しいから」


 それを聞いた楓は、瞳から氷解の涙を溢れさせ、そして、溢れたまま、固く誓った。


「行く。どこにでも行く! ナッツと一緒に!」


 楓は、現文研の、一員となった。

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