【供養作品】ー埋もれる筈だった男ー 

福朗

埋もれる筈だった男

その日に起こったことを予測できたものはいなかった。

アメリカも日本も、バチカンも京都も、聖地も恐山も、何処も誰も、預言者も予知能力者も。



京都 棗家


京都にあって、代々と闇に存在する妖魔や妖怪を討ち払って来た裏の名門棗家。その古風ながら広く立派な屋敷にて2人の男女の姿があった。

方や厳めしい表情をした60代前後の男、棗宗鑑。

もう片方はその宗鑑の孫娘で10歳くらいの少女だろうか、名前通りの色の肌と髪、そして青い目をした棗雪。

2人は現代では珍しく和服を纏い向かい合っていた。


「よいか雪よ。確かに世紀末の2000年代前後に比べて、世界的にも妖魔や魔物達は落ち着いて来た。しかし、それは世界や日本の者達の尽力の賜物。我ら棗家もその一端でなければ罪のない者達が傷つく。父母を亡くしたばかりのお前には酷だが、棗家の者として妖魔と戦う術を知らねばならん」


「はいお爺様」


世紀末であった1990年代から2000年代初頭にかけて世界の裏、つまり魔法や魔術、呪術といったものから超能力者、果ては忍びの者まで関係者は大混乱であった。妖魔や怪異、怪物が大発生したのだ。


なんとか科学が支配する表の市民に洩れなかったものの、一時は身を守ってもらうために裏の世界の事を公表した方がいいのではないかという意見が多く出始めたほどであった。

しかし、現代の物理的な力に頼った兵器では効果が薄い、人食いの化け物がうろついている事を公表して発生するパニックの事を考えると二の足を踏んでいた。


しかし、何とか世界中の関係者の尽力でそれも収まった。


(まだ子供だというのに…親不孝者め…)


自分の息子夫婦の子を不憫に思いながら宗鑑は雪に心構えを説く。本来であればまだ雪の訓練には少し余裕があったはずなのだが、息子夫婦は事故によって帰らぬ人となってしまった。


その上、妖魔と最前線で戦い続けた宗鑑は自分の寿命に不安を感じており、そのため次代の雪に例え己が死んでもなんとか生きるすべを学んでほしかったのだ。


雪が家業を継がないとなっても分家がいるため、寂しいと思えど棗家自体に不安はない。しかし、高い退魔の力を持つ雪は本人と関係なしに妖魔や裏の人間に狙われる可能性があり、身を守る術は教えねばと思っていた。

それに、贔屓目なしにこの初雪を思わせる孫娘は美しく育っている。不埒な者に狙われるとも限らなかった。


「よし、それでは!?なんだ!?」


「お爺様これは!?」


宗鑑が一通りの予定を話そうとしたときであった。突如巨大な力が屋敷の上に発生したのだ。いや、屋敷どころでは無い。赤く目視できるほどの途方もない力が地平線の彼方まで続いていた。


広く広く広く。


世界へ星そのものへ。


「いったいこれは…」


「お爺様…」


呆然とする宗鑑と、あまりの力の波動に怯える雪。


世界はこの日、表と裏が完全に混じりあってしまったのだ。


そして、最早自分の役目は終わったと思っていた一人の男が、空を見上げていた。



「雪。これから訓練場に行かないか?」


「そうね律子。行くわ」


ここ東京に存在する、全国から優秀な能力者を集めた教育機関、立志学園で2人の少女が放課後の予定を話し合っていた。


「あれが噂の新入生、棗雪と佐々木律子…」

「なんて綺麗なんだ」

「入学試験の教官をボコったって本当かな?」

「付き合いたい…」


方や、白い髪を伸ばし、その神秘さと美しさに磨きがかかった棗雪。

もう片方は、黒い髪を短く切り、実力主義と自由な校風を盾にとって男装している、眼鏡をかけた麗人、佐々木律子。

あの"世界が混ざった日"を契機に、爆発的に増えた能力者達であったが、その中でも彼女達は最優秀の者であった。


その2人は、周囲のざわめきを無視して訓練場に到着した。


「システム。仮想敵の設定を、特危に」


『了承。仮想敵、特に危険が出現します』


あの日から爆発的に増えたのは、能力者だけでは無かった。

世界の裏の者達が、必死に抑え込んでいた怪異達もまた増えてしまったのだ。

現代兵器が通用せぬ怪物を、最早隠し通せぬほどに…。


そのためこの学園の生徒は、政府の勧めや、討伐報酬が高価な事もあって志望したものが多かった。


「おいおい特危だって?」

「そんな無茶な」

「何だお前ら知らないのか?」


その中でも、世界が定めた妖異の戦闘力の基準、特に危険、通称"特危"はベテランの戦闘系能力者が複数のチームで対応する脅威で、その為この学園のシミュレーターに登録されているのも、本来は特危がどれほど危険かを知って貰うためであり、断じて打破を目的にしているものではなかった。


しかしである…。


「凍れ!」


「紫電よ!」


現れた、トラックよりも大きな蜘蛛の仮想敵が押されていた。

足が凍り付き、頭部に紫電が奔る。

蜘蛛の口から放たれる炎に対して、雪は腕を振るい氷の壁で防ぐと、今度はお返しとばかりに氷の槍を無数に形成して放ち、それに紛れこむ様に、体に紫電を纏わせた律子も蜘蛛へと接近する。


「くらえ!」


律子は蜘蛛の足に触れると、気迫のこもった声と共に己の最大の雷を体から放ち、蜘蛛へと止めを刺そうとした。


「今日こそ!」


「殺った!」


遂に足で胴体を支えきれず、地に伏す蜘蛛を見て勝利を確信する2人。


「すげえ!この間は惜しかったけど今日は勝てるぞ!」

「相手は特危なのに…」


観衆も、今にも決着が着きそうな特危との戦いに興奮するが、特危とはそんな甘い存在では無かった。


「だ、脱皮した!?」


誰かが叫んだ言葉が、その現象を端的に表していた。


倒れ伏したはずの蜘蛛の体が上から裂けると、その下から無傷の蜘蛛が現れ、また立ち上がったのだ。


「そんな!?」


「ええい!?」


驚愕する2人へお構いなしに炎を再び吐き出す蜘蛛。


「っ氷よ!」


雪も即座に反応して氷の壁を出現させるも、今度は先程のようにいかなかった。


「そんな!?」


脱皮する前は防げたはずの炎は、先ほどよりも更に紅く迸り、氷の壁を一瞬にして融かすとそのまま雪を飲み込んだのだ。


「雪!?」


『棗雪、戦死判定』


「轟け雷!」


炎に飲み込まれた雪の仇を取らんと、まだ蜘蛛の足元にいた律子は、再び全力の雷を発生させ、今度こそ蜘蛛の息の根を止めようとした。


「そんな!?ぐっ!?」


しかし、蜘蛛に流れたはずの雷は、蜘蛛の毛に流れて大気へと霧散し、全力を2度も放ち疲労で膝を着く凜へ蜘蛛はその足を叩きつけた。


『佐々木律子、戦死判定。シミュレーション終了』


「脱皮してこちらに対応してくるのは反則だろう…」


「そうね…」


消えた蜘蛛の足元にいた律子が、仰向けになりながら愚痴をこぼし、それに雪が応えた。

2人とも短い時間であったが、全力を込めた戦闘であったため、疲労困憊であった。


「いやあどっちも凄かったな」

「あの男装してる方、前開けたら胸凄いな」

「いつか俺が…」


「…帰るか」


「そうね」


周りが称賛する中、極一部の者は上気して呼吸の荒い彼女達に欲情している者がいたが、やはり彼女達は気にせずに立ち上がると、訓練場を後にするのだった。



「しかし、特危とはあれほどなのか」


「そうね。脱皮する前でも苦戦してたのに、まだ上があったなんて」


訓練場を後にした2人であったが、2人ともそのまま買い物に行っていた。

同じ寮で生活していることもあり、常に一緒なのだ。


「あれを単独で倒せるから"単独者"と言われる者達がいるが…。まさにそう呼ぶに相応しいのだな」


「ええ」


世界が決めた危険度の基準では、最も危険、通称"最危"があったが、これは一応基準として定められているだけで適応例が無く、特危を単独で狩れる"単独者"という存在達が頂点だと言われていた。


「私もお爺様の様に…!」


「程々にな。程々に」


雪の祖父である宗鑑も単独者であり、目指す地点であったが、妖異討伐の報酬目当ての律子は、そんな彼女の気負いを和らげようとする。

2人とも、同年代に比べて頭一つか二つ抜けていたため、周囲とあまり話が合わない中で見つけた親友だった。


「ん?あの男またいるな」


「本当ね」


律子が足を止めて視線を向けるのは、公園のブランコに乗って黄昏ている男だった。

特に特徴のない男であったが、ここ数日いつも公園にいたため、そろそろ不審者として、学園から通達があるのではないかと2人は思っていた。


「おかしいだろ…。"門"を閉じてお役目御免かと思ったら、今度は能力者と妖異が溢れるだって?世の中絶対間違ってる」


「ああ、多分"混ざった日"から上手くいかなくなったんだな」


「そうみたいね」


常人よりはるかに感覚の鋭い彼女達は、男の呟きを聞き取り、世にある程度いる"世界が混ざった日"に対応できなかった男であると判断した。

恐らく職でも失ったのであろう。


「まあとりあえずは訓練あるのみだ」


「ええ」


そのまま公園を過ぎ去り、打倒特危を宣言する2人。


「そういえば隣の席の佐藤が付き合い始めたとか」


「あまり興味がないわ」


そんな、ある意味青春であった彼女達であったが、悪意にそんなものは関係なかった。


『ミーツケタ』


「え?」


「は?」


突如聞こえた声と共に、一変した景色に混乱する2人。

さっきまで単なる住宅街であったにも関わらず、周りは真っ黒で人の気配など微塵も感じなかった。


『いやあ、規模の大きい学園の割に、いい魔力を持った奴が居なくて外れかと思ったけど、ちゃんといたね』


「氷よ!」


「雷よ!」


『ああ、無駄だよ無駄。ボクの力に押されて発動も出来ないよ』


「そんな!?」


「馬鹿な!?」


黒から現れた青年に躊躇わず異能を行使しようとする二人であったが、氷も雷も起こる事はなく、黒から起き上がった何かに縛り上げられる。


『ちょっとウチに連れ帰って、仲間になるよう説得するんだけど…。その前に味見くらいいいよね?』


「っ下種め!」


「氷よ!氷よ!そんな!?」


今まで数多く好色の目で見られてきた彼女達であったが、その力と自負によって相手にしてこなかった。しかし、自身の力が使えず抵抗も出来ない状況に、年相応の怯えが現れ始める。


『そんじゃそっちの男装ってボクのツボをつい来る方から…』


「ううっ!?」


近づいて来る男に、身動ぎして抵抗としようとする律子。

その時であった。


「おいコラ」


悪意が彼女達にお構いなしにやって来るなら、善意もまた唐突にやって来た。


『は?ぎゃっ!?』


確かに今まで3人しかいなかった黒い空間だった筈なのに、青年の前に何の脈絡も無く男が現れた。


「路上でなに盛ってやがんだ。タマ潰すぞ」


「え?」


「は?」


背を向けられていたので顔は分からなかったが、雪と律子にはこの声に聞き覚えがあった。ついさっきまで公園で黄昏ていた男の声だったのだ。


『お、お前ボクに何をした!?』


「デコピンだよデコピン。流石に人間相手にそうそう殴らんよ。この状況を見るに、やっぱり殴った方がよかったかな」


『で、デコピンだと!?なんだよお前!』


「婦女暴行の止めに入った、善意の第三者以外に何に見えるんだよ」


先程のへらへらし顔から、憤怒の表情で男を睨みつける青年。その瞳には殺意が宿っていた。


『ああそうかよ!じゃあ死ねよ!』


「寝言は寝て言え」


黒い空間がそのまま鋭くなり、男に殺到する。


「避けて!」


「危ない!」


「まあ見てなお嬢さん方。すぐ帰れるさ」


警告を発する2人を、安心させるような声音を出す男。


『ぎ』


そして結果は男の言う通りになる。


殺到した黒の槍も、殺気を漲らせていた青年も、今まで彼女達を取り込んでいた、黒い空間そのものも。


男が慎重に手加減した…

ただの拳一つで消し飛んだのだ。

まるで先程まで何もなかったかの様に、幻の様に…。


「え?」


「い、一体何が…」


「ほらお嬢さん方。気を付けて家に帰りな」


呆然とする2人に、振り返って顔を見せた男の顔は、どこか疲れた様な、しかし、確かな優しを持って微笑んでいた。


「あと、俺は別に浮浪者じゃないからな」


それが彼女達と、埋もれる筈だった男との出会いであった。


◆◆◆

作者より


という訳で、拙作「その男に触れるべからず」の雛型と言うべき「埋もれていた男」を載せさせていただきました。


実は初期案では、現代ファンタジーだったんですね。

所が作者が何を思ったか、ダークエルフ出したいと思い始めて、ジネット達がいる大陸世界に舵を切り「その男に触れるべからず」が生まれました。


コンセプトは変わらず、自分の物語が終わったはずなのに、引っ張り出された最強の前作主人公といった感じです。

こちらもユーゴと変わらず、最強無敵路線でした。


没企画だったのですが、序盤の方は書き上げていたので勿体ないと思い、付け足して完成させ短編として供養させて頂きます。

もしユーゴの物語が一段落着いたら、書いてて楽しかったのでこっちも書くかもしれませんがw


どうせなら、全部終わって老衰したユーゴにしたバージョンとしてと思いましたが、本人がバリバリ大陸で出張族として働いているので、あくまでおまけとして追加するならこうなります。



世界はこの日、表と裏が完全に混じりあってしまったのだ。


そして、最早自分の役目は終わったと思っていた一人の男が、空を見上げていた。


世界はこの日、表と裏が完全に混じりあってしまったのだ。


しかし何の因果か、全てを終わらした、全てを終わらせれる男が、この日紛れ込んでしまった。


「おかしいだろ…。"門"を閉じてお役目御免かと思ったら、今度は能力者と妖異が溢れるだって?世の中絶対間違ってる」

「おかしい…絶対におかしい…。妻の皆を看取って、子供に孫に、ひ孫にも看取られた筈なのに、今さら帰って来たと思ったら、なんか微妙に違う世界だし。あれ?戸籍も無いぞ?」


「寝言は寝て言え」

「そいつは勘弁」


「あと、俺は別に浮浪者じゃないからな」

「すいません。確かに住所不定の無職です」


以上になります!

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

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