願いはきっと叶う。

俺は追われていた。


パチンコで気がついたときには膨大な借金を背負っていたのが2年前。家内と娘が出て行ったのも2年前だった。8千万なんて、平均年収より200万も低い俺には到底払えた額じゃ無かった。何よりも借金した相手が悪かった。悪かったってもんじゃない。悪過ぎた。


俺は追われている。


薄汚い、金と暴力の蔓延る社会の夜の顔は、大蛇のように追いかけ確実に獲物を絞め殺す。


夜逃げをした。俺のような社会のゴミは守るモノも失って困るモノもない。でも痛いのはだけは御免だ。

ポケットには2100円。後はペットボトルが一本。今の俺の全財産だった。

日本橋下の冬は寒かった。良い柱を見つけたが、どうやら先客が居たようだった。ブルーシート。ビニールにまとめられた空き缶。ビニール傘の束。毛布。そして鼻に障る臭い。

毛布が暖かそうだった。先客と目が合った。そっと会釈をして微妙な距離を保ちつつ側へ座った。

しばらくして先客が徐に話始めた。

「お前さん新入りだろ。私は日本橋の古株でね。新入りには、死ぬ前になんでも願いを叶えてくれる石をやってんだ。」

突然目の前に石ころを差し出された。どこからどう見てもただの石ころだった。はっきり言うとただのゴミだ。驚いたのは、俺について何も聞かないことだった。普通は聞きたがるもんだ。可笑しな爺さんだ。というか頭がおかしそうだ。

「ただの石ころだと思ってるんだろう。信じるも信じないもお前さん次第じゃ。」

思ったことを見透かされているようで気味が悪かった。

「どうせしばらくはずっとここに居んだ。持っててやるよ。」

俺は全財産の入っているポケットに受け取った石を突っ込んだ。

「どうせすぐ行くことになるさ。」

爺さんが独り言を呟いた。どう意味か俺にはこの時分からなかった。

「でも、なんで石なんかあげてんだい?」

「あぁ、それで稼いでんのさ。」

「はぁ?やんねぇーからな。」

俺はポケットに慌てて手を突っ込んだ。

「別にいいさ、いいさ。それより、いいか。死ぬって決まった前にしか願いは叶えらんないんだ。だから良く考えて使えよ。」

「ちゅーことは、金とか願っても無駄ってことか。死んだら使えんもんな。」

「お前さんは本当にロクでもない奴だ。妻子にでも送ってやれ。」

「何故嫁がいたってわかった?」

「偶々さ」


次の日。


俺は追われていた。高台に俺を追い詰めたのは随分と物騒な奴等だった。

金と暴力しか持たない奴等は大蛇のように追いかけ確実に俺達を絞め殺す。

2100円しか持ってないんだ。確実に殺される。それでもポケットに手を入れてみた。

……?

俺のポケットに入っているのは変な爺さんに貰った石ころだけだった。

あのクソジジイ!誰がこんな石ころに騙されるかよ。

俺は奴等に背を向けて足を踏み込んだ。この高さじゃ確実に死ぬ。けど奴等に何かされるよりはマシだ。それだけは今までのことから断言できる。

良かったなんて言えない人生に未練なんてない。

空を駆ける。

ふと思った。もし今鳥になれたなら…。

…鳥になりたい。


コッケコッコー


そう一声鳴いた俺は死んだ。


『了』

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GROTESQUE.1000 古川暁 @Akatuku

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