通学路
石濱ウミ
犬の話
この話、知ってるかな?
聞いたことがあるって人もいると思うんだけど、
……うん。そう、それ。
『おかあさん』とか『おとおさん』あるいは『おはよう』って
ウチの犬は、お喋りが上手でねって、言葉を教えた飼い主さんは言うけど。あれさ、
通学路で、ぼくたちの見守りをしながら犬と
ちなみに、ぼくの通う学校は町の中心部にある。
そう言うと、
ぜーんぜん。ちがう。
確かに昔は、
なぜなら町の外れに大型の商業施設が出来るとほぼ同じくして、昔ながらの商店街は店主の高齢化と共に、役目を終えたとばかりに店舗は次から次へと空き家ばかりになった。
アーケード付きの商店街といえば聞こえが良いかもしれないけど、陽の
さらには
そんなわけで町の中心部は古いものばかりがそのまま残って
フライパンで焼いた
またその商店街は、ぼくの通学路にも含まれている。
家を出てすぐ左に折れたらそのまま歩いて行くと、その幽霊しか住んでなさそうな商店街が見えてくる。
これ。
ここを歩かなくちゃならない。
それを横目にしばらく歩く。
すると、
これがぼくの通学路だ。
学校までの行き方は、もちろん他にもある。何通りだって、何十通りだってね。
ぼくの家からいちばん
だけどさ、知ってるとは思うけど『通学路』っていうのは、決められた道を通らないといけない。今は
この学校が出来た時に決めたっきり、そのままになってるんじゃないかな。
で、そのオジサンは朝に夕に、つまり通学時間に、商店街を犬と一緒に歩いている。見守りの
ボランティアを引き受けてくれる人は、結構いる。むしろ積極的と言っていい。
というのも数年前に、この町の
犯人は、
あちこちのスーパーやコンビニに『この子を見かけませんでしたか?』って写真入りの貼り紙を見かける。服装や持ち物の特徴が細かく書かれたやつだ。ズボンやスカートの形、
その笑顔の写真を見るたび、この子は今どこにいるんだろうって思うんだ。
そうは言ってもいくら
だからボランティアの人たちは、その時間に合わせて散歩をしたり、買い物に行ったりとかして目を光らせている。
登校班とか通学班っていうのはないのかって? うーん。集団登校は学期の始めの一週間だけあるんだ。なんだか変な決まりだよね。でもそれすらぼくたちは
そうそう。
犬を連れた人は結構いる。
でも自由に
だから犬の好きな子どもたちは、オジサンの姿を見つけると、
オジサンは何匹か犬を飼っていて、連れて歩いている犬が違うことや、日によって二匹連れていることもある。
たいていは小型の可愛らしい犬ばかりだから、犬が苦手だって言う子も、可愛らしいのが好きな女の子もオジサンには
ウチの犬は、お
決まってオジサンは言うんだ。犬を
それを聞いて、まさかって、
感心する子。
話してないよって笑う子。
色んな子がいる。
ぼく?
ぼくはね、少し
そんなある日の下校中のこと。
雨が今にも
商店街はいつになく
ぼくは急ぎ足で、歩く。
誰もいないのが、怖い。
でも、誰かいたら、それもまた怖い。
……誰もいませんように。
……誰かいますように。
突然の
ああ、いつものオジサンか……。
ぼくが、ほっとしたのも
よく分からない
あれ? 犬がいない。
ぼくがそう思ったのと、オジサンがぼくに
どこかで犬を見かけなかったかい?
オジサンは
聞けば、どうやらリードが外れて、逃げ出してしまったんだって。
一緒に探してもらえないかな?
知らない人じゃないし。
まず最初にぼくが思ったのは、それだった。
誰もいない商店街。仕方ない。いつも見かけるオジサンが困っているのを、助けるくらい良いじゃないか。
それに、いつも遠くから見ているだけだったけど、ほんの少しだけ犬を触ってみたかったんだ。
小さな犬だから、壊れたシャッターの
そう言って、オジサンが指をさした先を見れば、わずかに
ランドセルを
中に入っても暗くて、よく見えない。
もう少しだけ。
中に進んで耳を澄ましても、犬のいるような気配はない。
戻ろうと振り返った時。
助かるよ。
オジサンの声がすぐ近くで聞こえた。
どうして?
狭くて中には入れないはずじゃなかったの?
ああ……。
その顔はよく見えない。
わずかな光は、オジサンの後ろから射しているから。
やがてオジサンは手に持ったリードを軽く左右に振りながら、静かな声でぼくに言う。
オジサンはね、犬のように素直な子が
だああぁぁぁい 好きなんだ。
リードを、ぼくのそばで振りながら……。
オジサンは低い笑い声をたてる。
……。
…………。
あれからどれくらい経ったのだろう。
ぼくは、オジサンの何匹もの犬と一緒に
犬小屋の中には、犬のおもちゃになったぼくのランドセルのほかに、いつからあるのか、どこかで見たような
外に出してもらえるのは犬だけだ。
だからぼくは、一生懸命に犬に言葉を教える。どこかで誰かに聞いてもらうために。誰かに助けてもらえるように。
お願いがある。
犬の言葉をどうかよく聞いて欲しい。
君の近くにいる犬は、こう言っていない?
『あウゔあ……。あウゔゔェあ!』
( 「 誰か……。助けて!」 )
通学路 石濱ウミ @ashika21
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