~5~ forever

雪はいつの間にか雨に変わっていた。 走ると足に跳ねる、溶けた雪は冷たかった。スニーカーに染みて足が痛かった。


日記なのか、僕の観察日記なのか、なんなのかわからない彼女の日記は記憶を失っても相変わらずだ。自分の日記なんだからもっと自分の事を書けよ。なんで、僕とお前のことなんだ。もっと他にもあったはずだ。バカだよ。千桜はバカだ。僕じゃなくても良かったはずだ。人はそれぞれ立場によって映る世界が違うって言う。だから、何を見てどう映ってるかかなんてわからないんだ。千桜の目には世界が、あぁいう風に映っているんだったら…。もし、千桜がそれで良いって言うんなら…。もし、それを千桜は幸せって呼ぶんなら…。

本当に僕がやったのは人から幸せを自分の都合で取り上げただけだ。


あの日みたいに……。


12月24日。1日早く来過ぎたサンタクロースはあの日僕の持ってるもんを全部、あの白い袋に詰め込んで持って行った。

奪ってった。僕の大切なものも人も全部抱き抱えて去って行ったサンタはもう二度と来ない。………。


もう春だと言うのに冷たさが胸に痛いほどに刺さった。隠れ桜。雪を被った桜が雨に打たれて揺れていた。昨日は凄く綺麗に咲いていた桜が、雨に震えて泣きたくなるぐらい美しく散ってゆく。


何かを告げるような雨が肩に刺さる。

街を歩く人達の顔を傘が隠した。

もう手術は終わっている。麻酔が切れる時間を千桜から聞いていた。本当は、お見舞いに来てねと言われていたから…。

僕は全力で走った。沢山のすれ違った人の中に千桜のお父さんがいたことも気がつかないぐらいに走った。

傘が誰にも僕を気が付かせない。



病室には千桜が一人ベッドで寝かされていた。

……間に合った。


上がった息を整えて脇の椅子に腰を掛けた。

僕は今きっと最高にかっこ悪い。ぐちゃぐちゃのびちょびちょだ。


それでも。それでも、もし………。


もし、さ。もう一度、僕が君を好きだと言ったら、あの日と同じ言葉を返してくれますか?


決めたんだ。何度、君が記憶を失っても僕は君が好きだ。だって、もし僕が記憶を失ってもきっと僕は君が好きだから。


忘れちゃったんだろうから、何度でも言うよ。あの日と、同じように。



『7月7日

皓ちゃんに「好きだ」と言われた。私も、と言った。嬉しかった。というかずっと前から知ってたし告白する時も相変わらず皓ちゃんは決まらなかった。でもかっこいいのが不思議で腹立つ(笑)

「ずっと一緒にいられますように」

今年は短冊、二人で一枚で済んだ。      』



そっと千桜の手に自分の冷たくなった手を重ねた。

やり直そうもう一度。



「恋」は景色を変えてゆく。

「好き」ただそれだけで僕らは前を向ける。

「一緒に居たい」そんな一つの願いで、僕らは何者にもなれる。たとえ僕らの持っている全てのものが花のように儚くとも、貴女のためになら何にでもなれる、そんな気がした。


僕らを繋ぐ目には見えない不確かなもの。



ずっと前から好きでした。って、僕が言ったらなんて返してくれますか?



   ——彼女が目覚めるまで後5分——

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桜を愛でれば風が吹く。 古川暁 @Akatuku

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