第5話 酔いどれ爺い
「じゃあ、何、髪型は関係なかったの?」
「なかったよ!小猿じゃなかったー!」
「なら、もう伸ばさなくてもいいね、揶揄われないなら安心じゃない」
「だよ、だよ」
「私、アヤが短くしてるの好きなんだ」
スミコが出来上がったばかりの白く可憐なニットキャップを私にかぶせて、そのまま抱きしめてくる。私は腕を突っ張りそれを阻止しつつも、嬉しくて笑った。
これで、今年の冬は暖かく乗り切れる。
だからというわけでは断じてないのだが、私はまた髪を伸ばした。スミコが髪の短い私を溺愛するからとか、髪なんて長くても短くても、お爺ちゃんは私を悟空と呼ぶだろうとか、そんなことは理由じゃない。美容師さんが「次はふわふわのパーマにしよう」と言ったから、新しい髪型のためなんだ!
お爺ちゃんは相変わらずのレアキャラで、心配するほど会わなかった。
季節が巡り、私がトイプードルみたいなパーマをかけた頃、ようやくまた、エレベータに乗り合わせた。
ふわふわな髪の私を、お爺ちゃんは胡乱な目で眺めて、いつものように壁に寄り掛かったまま、何も言わなかった。
きっと、謎かけが解けてしまったからに違いない。そう思ったが、寂しかった。
そしてまた、夏が来て。私は髪を切った。短く、とても短く切った。全てを断ち切るように。
蝉が鳴き始めたばかりの、風の強い日。
閉まりかけたエレベータに、小柄な人影が、ふらりと滑り込んできた。日に焼けた肌、痩せた身体、どこかの国の知らないチームの名前が入ったキャップの下は酔っぱらっているみたいに鼻まで赤くて。片手にアイスコーヒーを持って、お爺ちゃんは壁に寄り掛かった。
私は真っ直ぐ前を向く。謎は全て解かれてしまったのだから。
エレベータが登っていく。静かなる唸りを上げて、進んでいく。階数表示の明かりが次々に灯って消える。3階、4階、5階。ちん、と寂しげな音がした。
しめやかに、扉が開く。私は揺るぎなく前を向いて、外に出て行く。開いていた扉が、ゆっくりと閉じていく。
「悟空」
私は振り返った。
「じゃあな、孫悟空」
私は手をあげる。お爺ちゃんがにやりとニヒルに笑う。その酔っぱらったみたいな笑顔を、扉が静かに閉じて隠した。
「この、酔いどれ爺い、やっぱり髪型じゃん」
私は小さく呟いて、切りすぎた髪を撫であげた。口元が緩んでいるのは、きっと、よく晴れた初夏の日差しのせいだ。
蝉の声が光と共に、煩いくらいに狭いエレベータホールを満たしていた。
斉天大聖 中村ハル @halnakamura
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