妖怪も酒に飲まれて愚痴を吐く「坂の上クラフトビールバー」/ 第3話 座敷童子×オリゼーブルーイング
「坂の上クラフトビールバー」は、その名の通り、坂の上にある。
裏路地をぐんぐん進み、これでもかとぐんぐん進んだところに、突然ぽっかりとあらわれる坂。その坂をさらにぐんぐん上っていくと、運がよければ出会うことができるビアバーだ。
日本各地のクラフトビールを仕入れ、ドラフトや瓶で楽しむことができる。その種類は500銘柄以上。
入り口には小さな裸電球がひとつ。
表札くらいに小さな看板を、ゆらゆらと照らしている。
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「あのぅ、ごめんね僕。ここはバーっていってお酒を飲む場所なの。お父さんやお母さんを探しているのかな?それとも迷子?」
しとしとと小雨の降る夜。小さな男の子が一人で店内に入ってきた。縞の着物におかっぱの髪。夜道を歩いてきたのだろうか、髪の先からはぽたぽたと雫が垂れている。
「困ったな……僕、お名前言える??何歳かな?」
話しかけるものの、男の子は黙ったまま、ポカンとこちらを見つめたままだ。
グラスを拭いていたトーションで頭を拭いてあげようと手を伸ばすと、男の子はガシっとわたしの腕をつかんできた。
「気安く触るでない!」
小さな手にも関わらず、力がかなり強く腕がギリギリと締め付けられる。
「ちょっ……え?なにこの子!ちょっと…!!!マスター!ちょっとマスター来てくださいいい~」
何事かと顔をだしたマスターは、男の子の顔を見るとにこりとほほ笑んだ。
「おや!いらっしゃいませ、座敷童子さん。ご無沙汰しております」
座敷童子は子供の容姿だが、年齢は500歳だという(妖怪の500歳がどのくらいの年齢なのだかさっぱりわからないけれども)
「ふん。まさかこのわたしに年齢確認してくる奴がいるとはな」
座敷童子は、度数の高いバーレーワインを飲みながら葉巻をくゆらせている。
年齢はわたしよりかなり上なのだが、やはりその姿はどう見たって子供だ。毛穴ひとつない、ふくふくとした白い頬。幼さの残る手でワイングラスを持ち、葉巻を吸う姿は、なかなかに衝撃的な光景だった。
「佐伯はまだ人間歴が短いのですみません。それにしてもだいぶご無沙汰ですね。お仕事の方、お忙しかったんですか?」
「それがな」
座敷童子は眉間にしわを寄せ、ぐいっとグラスの中身を飲み下した。
「新任のマネージャーが仕事を詰め込みすぎるやつでな。日本全国駆けずり回ってるってわけさ。今日は岩手かと思えば、翌日は広島みたいな感じで毎日大移動だよ」
「それはそれは……」
「うちの事務所はわたし一人でもっているようなもんだからな。これもトップスターの定めと割り切ってはいるが……やはり一人で酒を飲む時間すら取れないのはキツイもんだ」
「今日お仕事の方は?」
「正直に言うと、途中で抜け出してきてやったよ。今頃現場では大騒ぎだろうな……」
「あぁ、それでいつもと雰囲気が違ったんですね」
座敷童子は、自分の着ている着物を見てふふっと笑った。
「人間の求めている格好をするのも仕事のうちだ。我が家のワードローブにあるアルマーニたちも最近出番が全くないよ」
「へぇ!座敷童子さん、アルマーニがお好きなんですか!全然イメージと違いますね~ってかキッズサイズありましたっけ?!」
おかっぱ頭のアルマーニ姿が想像できず、ついつい口を挟んでしまう。
「佐伯さん。失礼ですよ」
ぴしゃりとマスターに窘められ、わたしは慌てて口をふさいだ。
「イメージ商売だからな、仕方ないことよ……」
座敷童子は葉巻をゆっくりと燻らせながら、少し悲しそうに言った。
「座敷童子さん、妖怪、休養も必要ですよ」
マスターは、そんな座敷童子のグラスにおかわりのビールをたっぷりと注ぐ。
「そもそも座敷童子という妖怪は、会えなくてなんぼじゃないですか。せっかくご自身で獲得したオフです。今日はたっぷりと飲んでいってください」
「そうだな。ありがとうよ、マスター」
座敷童子は、小さく笑うとたっぷり入ったバーレーワインを一気に飲み干した。
「あのな、現代社会に生きる座敷童子はな、楽じゃないんだぞ?」
座敷童子はお酒に強いようだったが、それでもボトルを8本ほど開けたあたりから饒舌になり、言葉がおぼつかなくなってきていた。
アルコール度数14%程のものを水のようにガブガブと飲んでいるのだから、そりゃあ当たり前だ。
「最近ほらよくあるだろう?定点カメラ。あれが困ったもんでな。明確に姿をあらわしちゃあいけない。かといって映らな過ぎてもいけない。ほら、よくあるだろう?光の玉みたいなもんがふわーっと飛んでく映像。あんな感じの映像を求められんだよ。でもな、わたしは光らないんだよ。光らないのに光れってよ、無茶いわれたってできないんだって。毎回懐中電灯持って走り回るこっちの身にもなってみろって話だろう?」
座敷童子は真っ白な頬をピンク色に染め、口に葉巻を加えながらしゃべり続けている。
「え、姿映らないんじゃ別にどんな格好していてもよくないですか?」
たまらず口を開くと、座敷童子はギロリとこちらを睨みつけ、煙を吹きかけてきた。
「ちょ……やめてくださいよ!」
「いまのカメラの性能なめんなよ。真っ暗闇でも映っちまうんだよ。解析でもされてみろ。アルマーニを着た座敷童子なんて世間ががっかりしちまうだろう!」
「……座敷童子さんって仕事熱心なんですね」
「別に仕事熱心なわけじゃない。ただ『幸せになりたい』という想いで会いに来てくれる人間や、いつか会いたいなんて思ってテレビを観ている人間をがっかりさせたくないだけだ」
座敷童子はふんっと鼻息荒く、グラスをまた空にした。
「でもよ、そうやって生きてきてもう500年も経つとよ、そろそろそのイメージも辛くなってくるときが正直あるんだわ。柄にもなく、本当の自分って何なんだろう、自分自身を偽って人を幸せにできんのかなんて考えちまったりな」
「あー……なんかいろいろ大変そうですね……趣味でもない服、500年も着続けるとか考えるだけで萎えますね」
「そうだろう?それにこの髪!」
座敷童子は忌々しそうに両手で髪を掴む。その指の間から、細くてサラサラとした髪の毛がこぼれていく。
「どうやったって、髪型がきまらん!」
「あはははっ!本当さらっさらのおかっぱですよね。羨ましいです」
「あぁ?!」
思わず吹き出してしまったわたしは、再び座敷童子に睨みつけられる。薄々わかってはいたが、わたしは相槌が苦手だ。
「まぁまぁ。座敷童子さん、もしよかったらもう一本飲みませんか?」
マスターはグラスを拭いていた手を止め、一本のビールをカウンターへと置いた。
猫たちの宴会が描かれた浮世絵のラベル。上部には大きく「JAPANESE WHITE NO.9」と書かれている。
「なんだ、このビール。初めて見るな」
「こちらはわたしからのサービスです。もしよろしければ〆にどうぞ」
そういってマスターは栓を抜き、グラスにビールを注いだ。瓶の中から現れたのは、薄黄色の液体。通常のビールの色からすればかなり薄めだ。
「さぁ、どうぞ」
「悪いな。でもこいつも伝票付けといてくれ」
座敷童子はグラスに鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、ぐいっとグラスを傾けた。一瞬の間の後、驚いたように目を白黒させる。
「なんだこれ?これは……ビール、なのか?梨のようなマスカットのような……なんというか、日本酒、いや白ワインみたいな味だ」
「そうでしょう」とマスターは嬉しそうに目を細めた。
「はい。れっきとしたビールです。でも普通のビールとはちょっと異なりまして。これ、麹で醸造しているビールなんです」
「麹……麹ってあの味噌とかに使われているアレか?」
「はい、その麹です。オリゼーブルーイングというブルワリーが開発した、世界初の麹ビールです」
座敷童子は、まじまじとグラスの中の液体を見つめると、今度は味わうようにゆっくりとビールを飲み下した。
「おもしろいもんがあったもんだな。麹と言われれば、たしかに奥深いコクのような味わいを感じるような気がするな。最初は驚いたが、うまいな」
「お気に召したようでよかったです」
マスターは空になったグラスに、残りのビールを注ぐ。
「実はこのビール、麦芽を使用していないんです」
「?!」
葉巻に火をつけていた座敷童子は、その言葉に驚き大きくむせた。げほげほとせき込みながら、目を丸くしてラベルに書かれている原材料表記を確認する。
「麦芽を使ってないって?ビールには麦芽をつかうのが当たり前だろう?」
「そうですね。ビールの四大原料は、麦芽、水、ホップ、酵母です。しかしオリゼーブルーイングのビールは、どのビールも一切麦芽を使用せず、麹をつかって醸造しているんです」
「そんなことが……できるのか」
「はい。できるんです」
マスターはまた別のビールをカウンターへと置いた。今度のラベルにはカラフルな女性の浮世絵が描かれている。
「先ほどのビールは米麹で。そしてこちらのオリゼーペールエールは麦麹で造られています。このオリゼーブルーイングのビールは、『日本がまだ鎖国下だったら』という設定で造られているんですよ。座敷童子さん、鎖国は経験されてますよね?」
「あぁ。覚えているよ。なるほどたしかにあの時代には麦芽なんてもんはなかったな」
(え…?!この人鎖国経験してんの?ってかつまり江戸時代とかも普通に経験しちゃってる系か!わあああ生きる歴史の教科書!500歳って人生経験豊富過ぎん?)
わたしは言葉を発したいのをグッと飲み込み、黙って二人の会話に耳を傾けた。わたしだって空気を読むことくらいできる。……たぶんもうちょっとの間だけなら。
「麦芽がない時代、海外から帰ってきた人が『びいるというしゅわしゅわとした酒があったんだがつくれるか』と杜氏さんに持ち掛け、そこから生まれたビールという設定らしいです。おもしろいですよね」
「そりゃあたしかに面白いな!マスター、そっちのビールも飲ませてもらえるか?」
「かしこまりました」
座敷童子は嬉しそうにオリゼーペールエールにも口を付ける。
「鎖国か、懐かしいな。浮世絵も昔はよく見たもんだが、いまはビールのラベルにもなっているのか。時代は変わるもんだ」
「そうですね、時代はどんどんと変化していきますよね。麹ビール、実はいま海外からも注目されているんですよ。いまは存在しない『オリゼースタイル(麹スタイル)』というビアスタイルができる日も近いかもしれません」
「そりゃあすごいな。当たり前をぶっ壊して、そこから新しい流れを作っちまうってわけか」
「おっしゃる通りです。自分の確立した世界観で当たり前を壊す、わたしはオリゼーブルーイングのビールは、かなりロックなビールだと思っています」
「自分の確立した世界観で当たり前を壊す……か」
座敷童子はふうっっと小さく煙を吐き出した。紫色の煙は、ゆらゆらと揺れながら天井へと昇っていく。
「座敷童子さんも、自分の世界観で座敷童子業界ぶっ壊しちゃえばいいじゃないですか!」
ついつい居てもたってもいられなくなり、口を挟んでしまった。
「別によくないっすか?アルマーニ着た座敷童子がいたって。むしろ幸せプラス金持ちになれそうで縁起いいと思いますけどね。ってか逆に話題になっていいと思いますよ。今日の座敷童子のファッションチェック!みたいな」
「そんなわけあるか!いや、でも……そんなわけなくはないのか……?」
「時代は多様性ですよ?どんな格好でもそのうち受け入れられますって」
「……そういう……もんだろうか」
座敷童子は一気にグラスを空けた。そこにマスターがすかさず残りのビールを注ぐ。
「わたしは座敷童子さんがどんな服装をされていようとも、座敷童子さんに変わりはないと思います。人でも妖怪でも自分自身を偽り続けるのは辛いこと。それも自分の心があり続けたい姿を知ってしまっているのであれば、なおさらです。座敷童子さんは人を幸せにする妖怪ですよね?でしたら、まずご自身を幸せにしてあげるのがいいのではないでしょうか」
「そうかもな……」
座敷童子が最後のビールに口を付けた時、入り口のドアがバーンとけたたましく開き、一反木綿が飛び込んできた。
「ちょっと!!!座敷童子さん、探しましたよ!」
外はまだ雨が降っているのだろうか、身体中からぽたぽたと雫が垂れている。
「わぁ!一反木綿だ!鬼太郎でみたのと一緒っすね!え、ひょっとしてマネージャーって一反木綿?!ってことは日本各地を飛んで回るって本当に飛んでるってこと??」
わたしが思わず黄色い声を上げると、ぎろりと黄色い目で一瞥された。やはり妖怪に睨まれると怖い。
「あぁ、悪かったよ。でも自分の時間な時だってあるだろう?」
座敷童子はゆっくりと葉巻をふかしながら言った。
「そりゃあそうですけど……仕事が……」
「大丈夫だ。もう戻る。マスターご馳走様」
そういうと、座敷童子はカウンターに一万円札を置いた。
「じゃあまた来るよ。今日はいいビールとの出会いがあった。マスターの言葉、感謝するよ。それと」
くるりとわたしの方に向きなおる。
「おい人間。再来週の火曜に『座敷童子を見た!』特集があるからな。いいか、目ひんむいてみろよ」
そういい捨てると、「じゃ」っといい残し一反木綿と共に店を出ていった。
閉じられたドアを見ながら、私はマスターに話しかけた。
「座敷童子さん、いきなり殻破っちゃう感じですかね?どんな服装するんだろう!」
わくわくして振り返るも、もうそこにはマスターの姿はなく、「店の〆作業、よろしくお願いします」と書かれた紙だけが置いてあった。
「ちょっとマスター!勘弁してくださいよー」
店中探すも、もうどこにもおらず煙のように消えてしまっていた。
「ったく。人使いの荒い……ってかどうやって帰ったんだろう。でも一人〆作業ってことはちょっとぐらい店のビール飲んでもばれないってことなわけで…!まずは喉を潤す作業から~」
そういって冷蔵庫を開けようとすると、
「佐伯さん、店のものを勝手に飲むのは窃盗ですよ」
どこからかマスターの声が聞こえてきて、冷蔵庫は鍵がかかったように開かなくなった。
「……ごめんなさい。ってか絶対マスターも妖怪ですよね!!??」
宙に話しかけるも反応なし。
「いつか絶対なんの妖怪か聞いてやるんだから。ってか深夜料金ちゃんとつけてくれるんでしょうね?!」
わたしはぶつくさと文句を言いながら、〆作業に取り掛かった。
***********
はてさて。坂の上クラフトビールバーの夜はとっぷり更けていく。
生きずらい世の中よ。今宵も妖怪たちが酒を飲んで飲まれて愚痴をはく。今夜のお客は座敷童子さん。次はどんなお客が来るのやら。
妖怪も酒に飲まれて愚痴を吐く 坂の上クラフトビールバーへようこそ ルっぱらかなえ @beer-ppara
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