人でなければ妖でもない存在がある。いや、本当はどちらでもあるのか。けれど、どちらでもあることは、どちらにもなれないとも言えよう。
ある意味狭間で揺れているような、けれどどちらにもなれない存在が、それでも心を育んでいく。
では果たして、どちらでもないものを何と呼ぼうか。
どこまでも丁寧に、ともすれば覆い隠して逃げてしまいそうな部分まで綴られた、腰を据えて読みたい和風ファンタジーである。
己のしたことは必ず己に返り、どうしても逃れられるものではない。
けれどそんな息苦しさすらも愛おしく、そして応援してる背を押したくもなるのだ。
ゆっくりと丁寧に、この物語を紐解いて欲しい。
ぜひご一読ください。
今、一羽の蝶が、その羽根を広げ飛び立った。
その旅は果てしなく、温かく、希望に満ちている。しかし陽光が木々の隙間から差し込む度、少女の結えた黒髪が揺れる度、その影は色濃く、どこまでも深い色を湛える。影は消えることなく、どこまでも彼女についてまわる。感じる畏怖の感情。そして、空っぽな自分の心。影は楽しいそうに揺れる。いっそ深い夜に呑まれてしまえば、と、そう思案する。その心に映る、一筋の炎。例え今は、その光が仄かなものであったとしても。旅を続け人々に触れ、灯された炎は幾重にも重なり、美しい銀朱を生み出す。
これは、一人の妖が、人の温もりを知る物語。
物の怪の蔓延る世に、人を護るため生み出された妖雛。
彼らは長じれば人妖となり、道具としてただ物の怪を倒すことを求められる。
夜蝶の志乃こと花居志乃もまた、そのような生を歩むはずだったが……数々の出逢い、経験、想いが彼女の心を育んでいく。
腰を据えて読める、本格派和風ファンタジーです。
特に優れているのが、人でもなければ妖怪でもない主人公・志乃の難しい心情を、逃げることなく丁寧に描かれている点です。
我々人間とは違った感性の彼女が、物事をどう捉えて何を思うかは、想像で補うのもなかなか難しいことだと思いますが、こちらの作品ではその全てが説得力があると言いますか、納得できる形で描き出されています。
少しずつ、でも着実に人の心に寄り添おうとしていく志乃。いつの間にか、彼女を応援したくて堪らなくなっている自分に気づかされます。
そして彼女を取り巻く人物たちも、皆魅力的で。
特に同年代の妖雛である芳親、そして治療術の使い手である茉白——志乃にとって初めての友達となる二人とのやり取りは必見です。
丁寧な筆致で描かれる、濃密な和風ファンタジー。
描かれた世界を心ごと旅できる素敵なお話で、大変お勧めできる一作です。