第16話

「あぁ・・・もうこんな時間なの?」

真紀はふと時計を見てそう呟いていた。


あれから懸命に練習したこともあってコードチェンジは何とか出来るようになったがこの曲に合わせた歌詞の方は未だに作れてはいなかった。


最初は悲しい詩をつけてみようと書き始めたのだが曲に慣れて来るごとに何だか違うような気がして自分の中でどんな詩にすればいいのか迷っていたのだ。


元彼の直也に酷い別れを告げられた時は真っ暗で生きて行くことさえ嫌になってた・・・

でもあの日、彼に声を掛けられ投げ渡されたライターを掴み取った時から私の心に温かい火が灯された。


いつかは返さなきゃいけないんだ!

そう自分に言い聞かせているのだけれど、このライターを失った自分を想像するのが怖い・・・

心の支えを失ってしまうようでとても怖いのだ。


「彼のことが好きなの?」

自分で自分に問い掛けてみるが答えがわからない

きっと好きになっても無駄でまた失恋してしまうのが怖いだけなのかも知れない。


こんな自分に人を好きになる資格は無い!

過去のことを彼が知ったらきっと嫌われてしまう・・・

決して消すことの出来ない自分の過去に怯えていた。


みつからないように避けてはいるけれど直也が私のことを探しているのは明らかだった!

一体、何の為に!?

それが良いことで無いのは判り切っていることだ。


逃げ場の無い袋小路に追い詰められているような息苦しさと何をされるかわからない恐怖に怯える毎日!


明るい歌詞を思い浮かべようと努力しても今の私にそれは無理なことなのかも知れなかった。


そんなことを考えているうちに涙がポタポタとこぼれ落ちて来た私はパジャマの袖で拭き取るとベッドにもぐりこみ布団を頭からかぶる!

泣くまいと思っても嗚咽が漏れ、涙が溢れて来る。


人を好きになる喜びと叶うはずもない恋を夢みる苦しさに不気味に忍び寄る恐怖・・・

救いを求めるように両手で握り締めたライターを胸に抱きながら眠りに落ちた。


目覚ましの音にベッドから起き出しカーテンを開けると冬にしてはどんよりとした雲もなく澄み切った青い空が窓いっぱいに広がっていた!

近所の屋根に積もった雪が陽の光に輝いている。


今日はあの人気バンドのドラマーである宮崎貴士さんが親友を紹介してくれる約束の日だった!

貴士さんが話してくれた彼を想像するに喧嘩が強いって何だか怖い感じの人?


そんな感じの人にギターを教えてもらうんだからきっと想像以上に厳しい練習になると予想した私に貴士さんは思いっ切り笑いながら

「今の言葉を彼に伝えたらどんな顔をするか想像するだけでも面白い!」

そう言った貴士さんは

「真紀さんが思ってる以上にとても優しいし、とっても強い人だから大丈夫だよ」

そう言いながら尚も笑い続けた。


きっとそれほど私が想像している人物像とは違うということなのだろう?

そんな経緯もあり、私は今日という日を楽しみに待っていたのだ。


最初はその人に私なんかを守ってもらうなんて何だか申し訳なくて遠慮したのだが、相手も私の事情を尋ねた上で快く引き受けてくれたんだから理由はギターを教えてもらうことにすればいいと貴士さんは言ってくれた。


本当はとても怖いのだが親には絶対に言えない私はその言葉に甘えるしか方法も無かった・・・

洗面と食事を済ませた私は身支度を整えるとバスに乗り約束の場所に向かった。


初対面だから失礼の無いようにと選んだ服だったのだが、いつものラフな格好とは違い、何だかオシャレをしてるみたいな自分が恥ずかしい。


向かう場所が彼の歌う姿を初めて見たあの公園だったこともあり、彼の姿を意識したのかも知れないがギターケースを持ち歩くには全然、似合わないかも?


そんなことを考えてしまった私は余計に恥ずかしくなってしまいギターケースの陰に隠れるように目を伏せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「Refrain」 新豊鐵/貨物船 @shinhoutetu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る