第15話

「何か手伝いに呼んだみたいになってごめんね!」

千秋はそう言いながら申し訳なさそうな顔で真紀を労うが真紀にしてみれば手伝えることが嬉しかった。


一見すると快活で大雑把なイメージが伺える千秋なのだが繊細な気配りと懐が深く、温かみがある千秋と真紀の2人は姉妹のように仲が良かった!

千秋の優れた人柄に憧れる人たちはたくさんいる。


ここはライブハウス

千秋はバンド仲間と出番待ちの控室で演奏機材の最終的なチェックをしている・・・・

彼女に呼び出されて来たものの、何を手伝えばいいのかもわからずひたすら無駄な動きを繰り返すばかりの私を千秋は気遣ってくれたらしい。


「そんな・・・私はとても嬉しいんです!」

「こんなカードを胸に付けてると何だか皆さんの仲間になれたような気がして・・・」

「それにいつも教えて頂いてるし、恩返ししなきゃいけない私の方こそ感謝の気持ちで一杯です!」

そんな言葉を返した私は千秋を通じて増えた仲間に囲まれ本当に嬉しかったのだ。


それほど大きくはない会場なのだと千秋が色々と廻りながら説明し案内してくれたのだがこんな場所を初めて目にした私は何もかもが新鮮で驚くことばかりだった!


ステージではこの街で一番人気のバンドが演奏しているのだが防音が施されたこの控室にも微かに演奏音と歌声が聴こえて来る!


自分たちの出番が近づいているメンバーはそれぞれが真剣な表情でセッティングを行っていた。


私は皆が今夜のステージで使う楽譜を揃えて点検したり、楽器ケースを丁寧に並べたりと千秋が気を遣ってくれるほどの働きをしているわけではなかった。


ただ場数を数多く踏んでいるメンバーの中の誰よりも私が緊張していてその緊張感が全員に伝わり何だか迷惑を掛けてるような気がして申し訳なかった。


やがて次のステージに立つ予定のバンドが緊張の面持ちで慌ただしく控室を出て行く!

彼女たちのステージも近くなったということで私がそこに立つわけでも無いのに泣き出してしまいそうなくらいに緊張感は自然と高まって行った。


数分もしないうちにステージを終えた人気のバンドが控室へと戻って来ると千秋は笑顔で「お疲れ様!・・・今日は呼んでくれてありがとう」

メンバーの1人にハイタッチをしながら声を掛けた。


「いや、こちらこそ・・・来てくれてありがとう!」

「今日は久し振りに姉貴のパワフルなステージを拝見出来るんで楽しみにしてるよ」

ほんの数人だけ、特に親しい人たちが千秋のことを姉貴と呼ぶのだが彼女はそう呼ばれることを嫌っていた。


逆を言えば嫌いな呼び方で呼ばれても嬉しそうな笑顔で挨拶を交わせるほどの親しい人ということになる。


隅っこの方で申し訳なさそうに立っていた私に彼は

「君が姉貴の言ってた真紀さんだね?」

「何もかもが初めての経験で戸惑うことも多いだろうけど何度か経験するうちに慣れて来るよ」

彼は私に握手を求めながら気軽に話し掛けてくれた。


千秋はそんな彼のことを宮崎貴士(みやざきたかし)だと私に紹介してくれたのでお互いに簡単な自己紹介をしながら丁寧に挨拶を交わし合った。


「真紀は最近、誰かに付きまとわれて困ってるらしいから、貴士の近所みたいだし今夜は送って行ってくれないかなぁ?・・・」

「私はこの後、時間が取れないんだ」


元彼という言葉を省いて千秋が貴士にそう頼むと

「そうなのかぁ・・・」

「それは物騒なことに巻き込まれたもんだねぇ」

「じゃあ僕で良ければ送って行くよ」

千秋にそう言って引き受けた貴士は携帯に届いたメッセージを待ち兼ねていたように確認する。


「姉貴にギターを教えてもらってるんだって?」

機材の片づけを進めながら彼は私に話し始めた。


「僕はドラム専門だからギターは弾けないけど誰かにしつこく付きまとわれてるんだったら僕が最も信頼出来る親友で適任者が居るよ!」

「彼はギターを弾くのもスゴク上手いから彼に教えてくれるように頼んでそのうちに紹介しよう」


そう言った貴士の背後から千秋が

「そう言えば貴士もあんまり自分のことを話さないタイプだけどそんな親友も居るんだねぇ?」

半ば冷やかすように言うと

「貴士がそれほど信頼する人なら頼むよ」

そう言った千秋は賛成の意を示す。


「あ、ありがとう御座います!」

私は貴士と千秋の親切な配慮が嬉しくて深く頭を下げながら2人の好意に甘えることにした。


機材の片付けに忙しそうな彼らの代わりに弁当を買いに行くことした私は控室を出てライブハウスの近辺にある弁当屋で人数分を買った・・・

そして関係者入口へと辿り着いた瞬間だった!


急ぎ足で歩く靴音に何気なく振り返るとそこには見覚えのある彼の後ろ姿があった。


追い掛けようかと躊躇ったが私は入口の扉を開けると階段を一気に駆け上がる!

このスピードで彼を追い掛けていれば話すことも出来たはずなのに・・・その資格が私には無い!

過去に囚われ続け彼に声を掛ける勇気さえも無い自分に自然と涙が溢れ出していた。

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