第14話
あの日から一週間ほど経ったが加藤翼は残業も多くなり、真紀を探す時間も無いまま過ごしていた。
告白をしてきた千影は少し距離を置くような感じだったがその様子はいつもと変わりなく、そんなことなど忘れてしまったかのように見えた。
千影は内面に何かを隠し持ってるような感じがする!?
恐らくあの笑顔の下には別の顔が存在するのだろうが俺にとってそんなことはどうでも良かった・・・
自分だって全てを真っ正直に生きてるわけでは無いのだ。
会場へと続く階段を上りながらそんなことをふと、考えていたのだが扉を開けるとそこは別世界のような盛り上がりで熱気に満ちていた!
それほど大きなライブハウスでは無いのだが客足も良く、ドラムを必死に叩いている彼の姿がジャンプしながら手拍子をする客の頭越しに見え隠れしていた。
いつだったか、公園で演奏しながら歌う俺の前で立ち止まった彼はしばらく興味深そうに聴いていた。
そんな彼が周囲を徘徊し2本の小枝を持って来ると俺の前にあったベンチに腰掛けるとギターの音に合わせて小枝でベンチを叩き始めた・・・
それは心地良いリズムでギターの音色にシンクする。
調子が乗って来たのか次第に激しく叩き始めた彼の小枝が折れた瞬間、2人は笑い合った。
ひと言も話すことなくリズムのみで交わされる会話の中で意気投合した彼と互いに話し合った。
彼の名前は宮崎貴士(みやざきたかし)
今では親友となり、お互いに名前で呼び合っているが彼は荒れてた頃の俺を知っていたらしく最初は恐る恐る眺めていたそうだ。
頭も良く優しかった俺の兄貴は誰からも好かれる存在でその比較対象にされる俺はそんな兄貴とは真逆の人生を歩くように荒れていた。
喧嘩に明け暮れる毎日を楽しんでいるかの如く強い相手を求めては大した意味も無く争いを繰り返す!
周囲に怖れられ友達と呼べる相手は誰一人、居なくなり強くなるほど孤独になった。
自分が自分で有りたいが為に人を傷つける!
この矛盾した日々が続いたある日のことだった。
「お前の人生だから無理する必要は無いんだぞ・・・」
乱闘の果てに傷だらけでコッソリと部屋に戻った俺を見た兄貴は全てを理解してるような優しい口調でそう言うと救急箱を持って来て何も言わず、何も訊かずに傷の手当てをしてくれた。
理解してくれる人間がここに居ること、頼れる人間がすぐそばに居たこと、ずっと見えていたのに見ようとはしなかった自分の愚かさに気づいた俺は涙をこぼした。
あの日を境に俺の生き方は変わった!
初対面の相手と笑い合って話すことなど兄貴が居なければ訪れることなど無かっただろう!?
その場で貴士にバンドへの参加を誘われたが未だに未熟だと思っていた俺は丁寧にその申し出を断った。
人気のない場所を探しギターを弾きながら歌う俺と仲間を募りながらここまで成長を遂げた彼・・・
その差は更に大きく開いてしまった感はあるがもともと彼と俺では目指してる場所が違う。
演奏を終えた貴士と彼の仲間に拍手を送った俺はライブの感想をメッセージで送ると貴士の楽屋を訪れることもなく会場を後にした。
屋外に出てみると暗い夜空から雪が降っていた・・・
帰って自分で作るのも面倒だと思った俺は自販機でコーヒーを買うと煙草の代わりに飲みながら弁当を買う為に付近にあった弁当屋にゆっくりと歩き始めた・・・
何やら気配を感じて振り向くと関係者専用の出入り口に向かう女性の後ろ姿が見えた。
暗くてわからないが見たことあるような・・・?
もしかして彼女なのか?
そんなこともふと考えたがこのところ彼女のことを探し続けていたこともあり、気のせいだと思わず照れ臭そうに笑った俺は缶コーヒーを飲み干すと今度は急ぎ足で店に向かい歩き始めた。
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