四 皆の言いがかり
「ちょっと失礼しますよぉ……」
唖然と立ち尽くす僕を横目に、まだ若いお巡りさんは皆の後から前へ出ると、そのまま僕も押し退けて部屋の中へと侵入する。
「あの、これはいったい……」
「すみませんねえ、ちょっとお父さんのお顔を拝見させていただきますか?」
一拍置いて我に返り、状況を把握できずに僕が尋ねると、お巡りさんは父さんの方をじっと凝視して、いきなりそんなことを口にするではないか!
「ええ!? なんでそんなことを!? いきなり失礼でしょう!」
「あなたがお父さんと呼んでいるそちらの方に対して、複数人から
当然、わけのわからぬその頼みごとに激昂する僕であるが、お巡りさんは至極真面目な顔でさらに理解不能なことを言い始める。
「通報? 父が何をしたって言うんですか!? 父は年老いた自分の姿を他人に見せることが嫌いなんです! だからこうして覆面をしてるというのに……どうしてそれを外さなきゃならないんですか!?」
「いえ、問題があるのはお父さんじゃなくあなたですよ。さあ、早くそれを外してください。それともなんですか? 何か覆面の下の顔を見られるとマズイことでもあるんですか?」
さらに憤慨して声を荒げる僕であるが、お巡りさんも一歩も退かず、まるで犯罪を疑ぐるような眼を今度は僕の方へ向けてくる。
「だから、父さんは人目を嫌うんで覆面をしてるんだと…」
「どうしても取れないと仰られるんなら、交番まで来ていただくことになりますけどよろしいんですか?」
人の話を聞いていないのか? 改めて僕は理由を説明するが、その殺し文句を言われてしまってはこれ以上反抗的な態度をとるわけにもいかない。
「……わかりました。そこまで言われるんなら仕方ありません。父さん、ちょっとの間だけ辛抱してくれるね?」
父さんに尋ねると渋々ながらも「かまわない」というので、僕はやむなく覆面をとってみせた。
「ひっ……きゃあああっ…!」
「う、うわあぁぁっ…!」
すると刹那の後、なぜか女将さん達は目を見開いて一斉に悲鳴をあげる。
「…………!?」
声こそ出さなかったものの、お巡りさんも顔面蒼白で父さんの方を見つめている。
「さ、これで気が済んだでしょう? 父さんも嫌がってますし、もう出てっていただけますか?」
そんなに父さんの皺だらけの顔が怖かったのか? 自分から見せろと言っておいてそれも失礼な話だが、ともかくもお望み通りにしてやったのだ。僕はお巡りさん相手でも強く出ると、早々の退室をお願い申し上げたのだったが……。
「……い、いいわけないだろ? あんた、正気か? ……その人……もうとっくに死んでるじゃないか!? 」
お巡りさんは血の気の失せた顔のまま、途切れ途切れに震える声で、よりいっそうの世迷いごとを口走ってくれる。
「はあ? 何言ってるんですか? 父さんが死んでるわけないでしょう? 死んでる人が話たりしますか? ねえ、父さん? ……ほら、父さんも変なこと言われて怒ってるじゃないですか!? 」
妄言を吐くお巡りさんに僕は眉根を寄せ、父さんにも相槌を求めるが、やはり死人扱いされた父さんも大変ご立腹だ。
「お、おい……あんた、本気でそんなこと言ってるのか? その死体…いや、もうミイラと言った方がいいな……さっきから何も話てないし、目も開いたままだぞ!? 皮膚だって完全に乾いてカチカチじゃないか!?」
だが、お巡りさんは父さんの声も無視して今度は父さんをミイラ扱いだ。
「父さんがミイラ? ハハハ…何言ってるんですか? 確かに父さんは乾燥肌だし、体も硬くなって動かないですけど、見ての通りピンピンしてますし、こうして僕と旅行にだって来れてるんですよ? ねえ父さん?」
もはや怒りを通り越し、呆れ笑いすら出てきてしまう。父さんも「そうじゃ、そうじゃ」と抗議しているが、この声が聞こえないのだろうか?
「人間のミイラを連れてる客がいると聞いて来てみれば……まさか、ほんとの話だったとは……あんた、いつからそれ…いや、お父さんは体が動かなくなったんだい?」
それでも、まだ言うかというしつこさでお巡りさんはぶつぶつ呟いた後、少し優しげな口調になって、今度はそう尋ねてくる。
「いつから? そうですね……確か、数年前に言うことを聞かない父を、仕方なく一週間ほどベッドに縛りつけておいた頃からですかね。いやあ、まったく父は何から何まで僕が面倒を見てあげないと駄目な人でして……」
なぜ、そんなことを訊いてきたのかよくわからなかったが、その質問に父とのこれまでの日々を思い起こすと、僕は図らずも顔を綻ばせてそう答えた。
(父との旅路 了)
父さんとの旅路 平中なごん @HiranakaNagon
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