禁止区域

リペア(純文学)

『禁止区域』


中学でまぁまぁの知恵がある私。そこらの寡黙で木偶の坊なメガネどもとは違い、学校生活を謳歌しようと、ようやく二年次まで登ってきた。


幼い頃は少女向け雑誌を定期購読し、手取り足取りの知識は身につけていた。例えば彼氏は身長が高いこと、顔が整っていること、自分の鬱憤を晴らしてくれること。そして、思いは私から告げるということ。



始業式の日、教室にクラス一同が集まった。ある人々は群を組み同じクラスの偶然に感嘆し、ある人は頼りもなく隔離され本を読んでいる。


私はどちらかと言うと後者であった。しかし、目線は常に高身長に向いていた。


クラスの左前の人群に目をやった。その中には一人の男が居た。風の便りを聞いていると、どうやら名をヒロトというらしい。高身長、端正な面、揃った白い歯を見せる笑み。今まで見てきたあまたの男どもよりも、私の条件に一致していた。


「じゃあ席に座ってください。」


先生の号令に皆は席に帰って行く。クラスの中央に位置する私は例の男を虎視眈々と見つめていた。その男は群れから離れてクラス左後ろの端の席に座った。私の首は彼を追っていた。


考えてみれば、彼は一年の時に何組だったのだろうか。私は一組で小学校以来の友達の訪問に二組まではある程度人の顔を知っているが、彼の顔は同じ階で見たことがない。もしかすると一つ階を違えて五組以降だったのかもしれない。


また、あまりにも整った顔で彼には既にいるのかも懸念した。今のところ彼を狙わない理由は無いが、それは他者とも同じことだ。


櫻子さくらこさん?」


虎の眼で左に映る彼を見つめるばかりに、前から流れてくる配布物に気づかなかった。


「あぁ、ごめんなさい。」





───じきに始業式が始まった。「早く並べぇ」とハゲ先公が諭し、皆がゾロゾロと並んでいく。


私はここに来るまでに熟考していた作戦を実行した。自分の場所を探す振りをして、彼にぶつかり、彼のブレザーの胸ポケットに一通の紙を託すのだ。



ドスッ


「あっ、ごめんなさ…」


いざぶつかってみると、互いの視線は互いの瞳を貫いた。一瞬彼を見とれたところで彼から配慮がかかる。


「おっと、ごめんね。」


「あっ、いや、私は大丈夫。」


私の胸の鼓動は大丈夫ではなかった。一瞬二人は離れていき、刹那の接触が終わった。ぶつかった時、彼の胸ポケットに文を忍ばせることが出来た。既に知っていた私の並び順に戻りつつ、託した一通が彼の手に触れることを願った。





───約束の場所、立ち入り禁止区域の屋上階段。私は右手の拳を左手で包み、他人に見つからぬよう隠れて彼の足音を待った。ここで彼が来なかったのなら、彼は既に持っているということだ。


最初に彼を見た時に考察したことを振り返る。誰かが彼を既に手に入れていたしたら、それは誰だ?始業式終わりに歩きながら色んな顔を見渡したが、彼に近づく人は男のみ。また始業式の前には私の友達から彼の前のクラスが六組だったことを聞き、六組の人間関係の情報をいろいろと集めた。しかし、どこにも彼との関係所持者が見受けられなかった。つまり表面上では彼はアベイレブルという訳だ。


ただ、いちばん怖いパターンは、裏で密に関係が繋がっているというパターンだ。これは幼い頃に見た雑誌にあった物だが、『フォービデン・キス』という漫画の主人公とその相手のイケメンは「絶対バレてはいけない恋」を営む手段として、学校ではクラスメイトにお互いを嫌悪している様子を見せ、毎週金曜にはイケメン方の家で会う約束をし、密室で愛を示すというものがあった。私の待つ彼にそんなことがあったとしたら私は知りようがない。


胸の高鳴りが環境音を支配した。殺していた息が荒くなり、既に消化を終えた胃の中から物が出そうだ。





────最終下校時刻、十六時のチャイムが鳴ってしまった。結局彼が姿を見せることは無かった。私は深くため息をつく。



やはりあの美貌を狙わない人はいなかったのだ。一年の時に彼を見ていたら少しばかり可能性は残っていたかもしれない。一つ上の階、六組がある階の調査をぬかったまでに競争に負けてしまったということだ。仕方の無いことだと憂鬱を処理しつつ、隠れてしゃがんでいた状態から立ち上がる。そして下を向いて、逃げるように階段を駆け下りた。



ドサッ



屋上階段を下りてすぐ、四階の右に曲がる所で誰かにぶつかってしまった。下を向きながら走っていたので、その人が私服の短パンを着ているのは見えた。どうやら私は先生とぶつかってしまったようだ。まずい、立ち入り禁止区域にいたことがバレてしまう。私はその人に「すみません!」と放ち、顔を両手のひらで隠し、大急ぎで走り去った。そしてすぐに下駄箱から出て、脱兎のごとく下校した。





──「あれ、おかしいな…。この手紙に書いてある屋上階段ってここの筈なんだけどなぁ。なんだよ…誰だか知らねぇけど、俺にこんな手紙を渡してきやがって。」


部活が終わってすぐに来た為に、未だサッカーのユニフォームを着ていたヒロトはその紙をクシャクシャに握りつぶし、立ち入り禁止区域にあった資源ゴミの袋の中に入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

禁止区域 リペア(純文学) @experiences_tie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ