第7話 惚れた方が負け?なら負けたって構わない。

全身に蛇の猛毒がまわり息ができない。霞む世界から彼女が覗き込む。手を差し出された。彼女の手から紫色の無数の光の粒が降り注いだ。彼女は死神。死の光だ。悪くない人生だったのかも知れない。やっとそう思えた。左手の弓を強く最期の力を振り絞って握った。降り注ぐ光。掴もうとした右手の隙間から零れ落ちる。……。いきなり右手を掴まれ引き起こされた。全身の痛みが消えた。

「……どうして?」

「我は死を司る神。死を彷徨う者に対し、死を与えるという選択肢を持っている。我には選択肢があるのじゃ。与えないということも。」

俺は初めて優しそうな彼女の笑顔を見た。なんの変哲もない世界。神が存在するだなんて、さっきまでこの世界が崩壊寸前だったなんて嘘みたいだった。彼女の傷も再生しているようだ。俺はつい彼女を抱きしめようとした。ふと我に返って手が硬直する。そうだ。いつも勘違いするんだ。俺と彼女は疑似恋愛をしているんだ。彼女は神で俺は人間。彼女はまだ名前もなく、俺はまだ名前を言わせても貰ってない。俺の勘違いなんだ。だいたい、最初俺自身彼女を恋愛対象として見ていない。一歩体を引いた。

「死神は言葉通り『死』の神だ。『命』を与えることは出来ぬ。我が与えられるのは『死』のみじゃ。じゃが、創造神に『創る』『創らぬ』という選択肢がある様に、破壊神にも『死を与える』『与えぬ』という選択肢がある。だからその様な顔で我を見るな。阿保に見えるぞ」

彼女は笑っていた。

「これからどうするつもりなの?」

「愚か者め破壊されたいのか?最初の約束忘れおって。責任を持つのじゃろぅ?」

彼女が俺の頬に手を掛けた。俺は困惑の表情を浮かべた。

「我にキスをしろ。」

平然と爆弾発言をしてきた。

「何を驚いているのじゃ。そなたが読ませた本に書いてあったのじゃぞ。」

疑似恋愛か……。

「山内彰斗早うせい。我がいい感じをせっかく作ってあげたというのに!」

彼女がそっぽを向いた。長い髪が邪魔をして表情が見えない。俺の名前知ってたんだ。俺の手首にはめられたさっき預かったヘアゴムを撫でた。俺は勘違いしていたんだ。右手で強く彼女の肩を引き寄せた。

「俺…。君が現れた日から。」

「五月蝿い!無駄口をたたくな。知っておる。言われなくても。」

彼女の顔は紅らんでいた。左手に持っていた弓が背伸びしてかかとの上がった彼女の足元の側にカランと落ちた。蝉が五月蝿く鳴いている。東京の夏は相変わらず暑い。空は変わらず蒼い。彼女の柔らかな脣はほのかに甘く温かかった。俺の頬を包み込む美しい手。委ねられた体をそっと抱きしめた。重なられた二つの唇。


俺は、彼女が好きだ。


例えこの世界のことを何も知らなくても、人生の意義なんてわからなくてもいい。


俺たちのセイシュンはまだ明けない。


[そう。彼らはこの宇宙のことを何も知らない。]

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