男子高校生の恋愛事情 ①
夏休みも残すところあと10日となったその日、同じ高校のバレー部で副キャプテンをしていた
太一とは幼稚舎から同じ学校に通っていて、何度か同じクラスになったことのある友人だったけど、特に仲良くなったのは高校のバレー部で一緒になってからだ。
大手スポーツ用品店を経営する太一の父親は、学生の頃はプロ野球選手を目指していたらしい。
そんな父親の影響もあってか、太一も中学までは野球をしていたけれど、高校ではバレー部に入部した。
その理由を尋ねると、野球はもう飽きたし、単純に俺とバレーやった方が面白そうだったからだと言っていた。
10時過ぎにやって来た太一は、ニマニマしながら勉強道具を広げた。
その理由はなんとなく予想がついたので聞きたくはなかったけれど、太一は話したくてしょうがないらしく、早く聞いて欲しそうな顔をしている。
「太一……そのにやけた顔、気持ち悪いぞ……。一応聞くけど、なんかあったのか?」
しぶしぶ尋ねると、太一はもったいぶってすぐには答えない。
「あったように見えるか?」
「見えるよ。聞いて欲しいんだろ?」
「聞いて欲しいってわけじゃないけど、潤がどうしても聞きたいって言うなら話してやらなくもない」
「じゃあいいよ。勉強始めよう」
俺が話を切り上げて勉強を始めようとすると、太一は不服そうに大きく首を横に振った。
「そこは聞くところだろ!」
「聞いて欲しいなら最初からそう言えよ。で、何があった?」
しかたなくもう一度尋ねると、太一はまた口元をゆるめて身を乗り出した。
「昨日、ヒナと花火見たんだけどさ」
「あー……そう言えば昨日だったらしいな、花火大会」
予想通り、太一の浮かれている理由は彼女の話だった。
太一にはバレー部のひとつ後輩の彼女、
今年の春に石田日菜子の方から告白されて、二人は付き合いだした。
バレー部で面識があったとはいえ、それまでは特別仲が良かったわけでも好きでもなかったはずなのに、付き合いだしてから太一は石田に夢中になっている。
付き合ってみて初めて、それまでは知らなかった石田の優しさや可愛さに気付き、あっという間に好きになったと太一は言っていた。
俺も吉野と付き合いだしたきっかけは太一と同じで相手からの告白だったけど、太一のように吉野のことを好きだとか可愛いなどと思ったことはないから、正直言うと俺は太一のことが不思議でしょうがない。
仲がいいのはいいことだけど、太一は夏休みも石田としょっちゅう会っているようだし、受験生なのにそれでいいのかと心配になる。
「花火大会ねぇ……。よくあんなところに行けるな。蒸し暑いし蚊に刺されるし人は多いし、花火見る前に疲れるだろう」
「いや、行かなくてもヒナの部屋から見えるんだ。涼しい部屋で二人きりで見た」
ああ……、またいつものノロケが始まった。
おおかた花火を見ている石田が可愛かったとか、花火を見ながらイチャイチャしたとか言うつもりなんだろう。
「それで?花火見て喜んでる石田が可愛かった、ってか?」
先回りをしてこの話を終わらせてやろうと思ったのに、太一は首を横に振って「違う」と言う。
「ヒナは何してても可愛い」
「はいはい……」
やっぱりノロケじゃないか。
ノロケ話を聞くのがバカらしくなってきてテキストを広げようとすると、太一はテキストを手で押さえつけてそれを阻止した。
「聞けよ、話はここからだ」
「ああもう……わかったわかった。聞けばいいんだろ」
とりあえず適当に聞き流して、話を早く終わらせてもらうしかなさそうだ。
俺がテキストから手を離すと、太一は満足げに話を続けた。
「二人っきりで肩抱いて花火見てさぁ……めちゃめちゃいい雰囲気じゃん?」
「へー、そうなんだ。そんでそのままキスなんかしてイチャついてたとか言うんだろ」
「そんなのするに決まってんじゃん」
「だったらいつもしてることをいちいち俺に報告しなくても…………ん?」
ちょっと待てよ。
これはつまり、あえて報告するまでもないことを言おうとしているわけではないっていうことか?
「もしかして……」
「そう……!付き合い始めて4か月、ついに俺は男になった!」
つまり昨日太一は石田と初体験を済ませたと、そういうことだ。
太一が石田と何をしようと俺には関係ないけれど、なんとなくモヤッとしたものが胸に込み上げた。
「男にね……。そりゃ良うござんした……」
詳しいことは何も聞かずに、太一の手を払いのけてテキストを広げようとすると、太一は物足りなさそうな顔をした。
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