あの人との出会い ①

 その後、父は近所の家事代行サービスの家政婦を雇った。

 新しい家政婦の土田ツチダさんは、明るくおしゃべりが好きなどこにでもいそうな普通の主婦という感じの優しい人で、平日の昼前から夕方までの間の3時間ほどうちに来て家事をしてくれた。

 夏休み前に部活を引退して家にいる時間が長くなると、土田さんと顔を合わせる機会が増えた。

 土田さんは俺に好きな食べ物は何かとか、夕飯は何が食べたいかと尋ねたり、友達やいとこが遊びに来るとおやつを作ってくれたりもした。


 夏休みに入って10日ほど経ち、そんな生活にも慣れた頃、リビングで受験勉強をしているとチャイムの音が鳴った。

 11時になる少し前なので、土田さんが来たんだなと思いながら玄関のドアを開けると、そこには見覚えのない若い女性が立っていた。

 それがあの人との出会いだった。

 訪問販売とか、保険の勧誘か何かだろうか。

 そう思っているとその女性はペコリと頭を下げて、首にさげていた身分証明書を俺に見せた。


「まさき家事代行サービスの宮本 英梨ミヤモト エリです。よろしくお願いします」


 家政婦は子育てを終えた年頃の主婦ばかりだと思っていたけれど、こんな若い人もいるらしい。

 しかし土田さんからは担当が変わるとは聞いていなかったので怪訝に思う。


「今日は土田さんじゃないんですか?」

「土田さんは娘さんの出産で再来週からお休みする予定だったんですが、昨日の夜に予定より1か月も早く出産されたので、急遽今日から休暇に入りました。代わりに9月中旬まで私が三島ミシマさんのお宅の担当をすることになりましたので、よろしくお願いします」

「そうですか……。こちらこそよろしくお願いします」


 娘さんがもうすぐ出産することや、産後の手伝いのために仕事を休む間は別の家政婦が来ると土田さんから聞いていたので、事情はすぐに把握できた。

 しかし若い女性が来たのは予想外だったので、少し戸惑ってしまう。

 宮本さんは家の中に入ると、まずは脱衣所で洗濯物を仕分けて洗濯機を回した。

 道代さんや土田さんに家事をしてもらっていたときには気にならなかったのに、今初めて会ったばかりの若い女性に、自分の脱いだ下着を洗濯されているのだと思うと急に気恥ずかしくなってきて、勉強が手につかない。

 リビングにやって来た宮本さんは掃除機の場所を俺に尋ねた。

 掃除機のしまってある場所まで案内すると、宮本さんは俺を見てニコッと笑う。


「ありがとうございます。えーっと……お名前はたしか……」

ジュンです」

「そうそう、潤さん。高3の受験生ですよね」

「はい」


 どう考えても歳上の人に敬語を使われ、名前をさん付けで呼ばれるのは、なんとなく落ち着かない。

 道代さんも土田さんもそうだったのに、なんとなくこの人は家政婦という感じがしないので、余計に違和感を抱いた。


「それではこれからお掃除しますので少しうるさくしますけど……大丈夫ですか?」

「ええ……まぁ……大丈夫です」


 勉強中ではあったけど、二人きりの空間で静まり返っている方が気まずいし、かといって自分の部屋にこもるのも感じが悪いかなと思い、リビングでそのまま勉強を続けることにした。

 掃除を任せているのは俺の部屋と父の書斎以外で、広くて部屋数が多いこの家は掃除に時間がかかるので、使っていない部屋は2日に一度程度の割合で順番に掃除してもらっている。

 こんなにたくさんの部屋を作ったということは、もしかして父は子どもがたくさん欲しかったのかもと思ったことがある。

 残念ながら母は俺一人ですら子どもは欲しくなかったから、父と俺が二人で暮らすには無駄に広すぎる空き部屋だらけの家になったのだろう。

 宮本さんはそんなだだっ広い家を丁寧に掃除している。

 若くてまだ経験が浅いのか、歳下の俺の目から見ても家政婦としてあまり要領が良いとは言いがたい。


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