心を満たしてくれた君へ
土曜日の今日、朝早くから休日出勤をしていた志織が、お昼になる少し前に【あと一時間くらいで帰れそうです】とトークメッセージを送ってきた。
きっとお腹を空かせて帰ってくるであろう志織のために昼食を用意しておこうと、俺は志織とおそろいのエプロンをしてキッチンに立つ。
初めて料理をしたあの日のように、米を研いで炊飯器にセットしたあと、冷蔵庫の中から卵とタマネギと鶏肉を取り出した。
あのときは何もかもが初めてでうまくできなかったけれど、今では料理も慣れたものだ。
志織を想いながら志織のために料理を作ることも、俺の作った料理を食べて喜ぶ志織の笑顔を見ることも、俺にとっては掛け替えのない幸せだと思う。
こんな毎日が一日も長く続くように、全身全霊で志織を愛し守りたい。
それからしばらく経って、ちょうど二つ目のオムライスが出来上がった頃、仕事を終えた志織が帰ってきた。
二人で向かい合ってオムライスを食べながら、俺は「いつかそのうち話すよ」と約束していた、料理を作り始めたきっかけを話した。
直接的なきっかけは志岐と玲司に食べさせるためだったけど、そこに行きつくまでの恋とも呼べないような苦い経験を、志織は何度もうなずきながら最後まで黙って聞いてくれた。
俺が話し終えると、志織は俺の手を握り、微笑みながら愛しそうに俺を見つめた。
「潤さんは恋とも呼べないし相手が自分をどう思ってたかもわからないって言ったけど、それはきっと恋だったんだと私は思うよ」
「……なんで?」
「相手のことが好きじゃなかったらそこまで愛されたいなんて思わないし、ショックも受けないんじゃないかな。それに英梨さんも潤さんのことがすごく好きだったから、本当のことが言えなかったんじゃないかと思うの。潤さんは愛されたことがないって思い込んでたから、本当は愛されてたことも、人の愛し方もわからなかっただけなんだと思う」
志織はいとも簡単に、俺がずっと出せなかった答を導きだした。
英梨さんとの間にあった出来事には罪悪感とか劣等感とか虚無感とか、とても一言では言い表せない複雑な思いがあって今まで誰にも話せなかったけれど、志織に話して良かったと心の底から思う。
「そうか……俺、あの人のこと好きだったんだ……」
「きっとね。……ちょっと妬けるけど」
志織はそう言って立ちあがり、使い終わった食器をキッチンに下げて洗い始めた。
……もしかして怒ったかな?
昔の話とは言え、他の女性と関係を持っていた頃の話をしたのだから無理もない。
逆の立場だったとしたら、俺はきっと嫉妬でおかしくなってしまうだろう。
俺は悪いことしたなと思いながら立ち上がり、キッチンへ行って志織を背後から抱きしめる。
「ごめん、いやな話聞かせて……」
「ううん、潤さんが自分のこと話してくれたのは嬉しいし……それにもう昔の話だもんね。今は私のことだけ愛してくれてたら、それでいいの」
志織はいつも、どんなに情けない俺もまるごと受け止めて包んでくれる。
俺は志織のそういうところがとても好きだ。
「もちろん今だけじゃなくて、一生志織だけ愛し続けるよ」
そう言って頬に口付けると、食器を洗い終わった志織は濡れた手をタオルで拭いて振り返り、俺に抱きついた。
「それじゃあもっとギュッとして」
「ギュッとするだけでいいの?」
「キスもいっぱいしてくれる?」
「もちろん」
優しく抱きしめ合って何度もキスをした。
目を閉じて俺の肩に体の重みを預ける志織が可愛くて愛しくて、志織のすべてをもっともっと愛したくて、心も体も熱くなる。
耳元や首筋に唇を這わせると、志織はくすぐったそうに肩をすくめた。
「志織、愛してる」
「ホントに?証明できる?」
「誰よりも志織を愛してるって証明するから、お姫様抱っこでベッドに連れて行ってもいいですか?」
「……もちろん」
志織を抱き上げて、ときおり軽く口付けながらベッドに運ぶ。
ベッドの上で重ねた肌の温もりも柔らかい唇も、甘い声も余裕のない息遣いさえも、志織のすべてが愛しい。
俺を抱きしめて「潤さん、愛してる」と囁く志織の声が優しく耳の奥に響き、身も心もあたたかく満たしてくれる。
人を愛することや、愛する人に愛されることがこんなに嬉しくて幸せなことだと俺に教えてくれたのは、間違いなく志織だった。
がむしゃらに愛情を求めていたあの日の俺はもういない。
今は自信を持って、志織だけを一生愛し続けると言える。
そして志織が一生俺を愛してくれたら、それだけでいい。
いろいろあったけれど、今は志織と毎日一緒に過ごせて本当に幸せだ。
俺の心は志織からの愛情と俺の志織への愛情で、いつも溢れんばかりに満たされている。
─END─
愛したい、愛されたい ─心を満たしてくれた君へ─ 櫻井 音衣 @naynay
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