彼女の素顔 ②
「早く大人になりたいなぁ……」
思わずそう呟くと、英梨さんは意外そうな顔で俺の方を見た。
「そのうちいやでも大人にならなきゃいけないんだから、焦らなくてもいいんじゃない?今はまだ、大人じゃない今しかできないことを楽しんだ方がいいと思うよ」
「そんなものかなぁ……」
「そうだよ。甘えられるうちに甘えて、やりたいことやって、それから大人になればいいの。そうしないと大人になってから、あのときもっとこうしておけば良かったなって後悔するから」
英梨さんはやけに実感のこもった口調でそう言った。
英梨さんにもそんな経験があるんだろうか。
俺もいつか大人になったら、今の英梨さんの気持ちがわかるようになるのかな。
「だから今日は素直におごられてね」
そう言って英梨さんは、笑いながら俺の背中を軽く叩く。
その笑顔に少しホッとして、俺も少し笑った。
「うん、わかった。ゴチになります」
アイスクリームショップの中は涼を求める若者でにぎわっていた。
列の後ろに並んで何を注文しようかとメニュー表に視線を向けかけたとき、イートインスペースのテーブル席にいる俺と同年代の男女6人グループが目に留まった。
会話する声が大きく、店内の客や店員がチラチラとそのグループを見ている。
派手な服装と乱暴な言葉遣いやダラダラした感じは、お世辞にもガラが良いとは言えない。
「なぁ茉央、彼氏とはどうなってんの?」
「イケメン御曹司3か月で落とすとか言ってたじゃん?」
「当然もう食っちゃったんだろ?どうだった?御曹司の味は」
聞くつもりはなくても彼らの会話はいやでもハッキリと聞こえてきて、とても不快な気持ちになる。
こんな下世話な話を大勢の人のいる場所でして恥ずかしくはないんだろうか。
「あー……御曹司ねー……」
聞き覚えのある声がして振り返ったとき、俺に背を向けて座っている女子が吉野だということに気付いた。
中学時代の同級生なのか、それとももっと別の繋がりの友達なのか。
チラッと見えた吉野の横顔はしっかり化粧をしていて、服装も俺と二人で会うときよりずっと派手で、まるで別人のようだ。
もしかしたらこっちが素の吉野なんだろうか?
吉野は俺がここにいることに気付かず話を続ける。
「イケメンで背ぇ高いし、家は金持ちだし、モノにしたら超玉の輿なんだけど、つまんない男なんだよね」
「何がつまんないの?ヲタとか?ネクラとか?」
「真面目で堅すぎんの。一緒にいても手も握らないんだよ?噂には聞いてたけど、マジで色仕掛けも泣き落としも全然通用しないんだもん、なんかだんだんめんどくさくなってきたわ。そろそろここらで見切りつけて乗り換えようかな」
吉野の言葉に耳を疑った。
……なんだ……俺、吉野にそんな風に思われてたんだ。
吉野が好きだったのは俺の家柄とか体裁だけで、俺自身ではなかったんだな。
俺のことが好きだというのは嘘だったんだと思うと無性に悔しくて、虚しくて、なんとも言い難い苛立ちが込み上げて吐き気がする。
「茉央は他にも男いるんだからいいじゃん、御曹司とも適当に遊んでやれば」
「じゃあとりあえずキープしとくかな」
「つまり茉央は欲求不満なんだろ?久しぶりにどうよ?」
「んー……ま、いっか。久々だし、御曹司とはなさそうだし?」
吉野には俺以外にも男がいて、遊びで体の関係まで持っているのだと知って、さらに不快感と嫌悪感が強くなった。
何か言ってやりたい気持ちはあるけれど、もうこの場所で同じ空気を吸っていたくない。
気分の悪さに耐えかねて俺が手で口元を覆うと、英梨さんは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます