短編12・若社長とおうちでクリスマス
私――
テレビや広告にも『クリスマス』の文言が増えてきた頃である。
「そろそろクリスマスプレゼント、考えておかなきゃなあ……」
そうひとり呟いて、私は思案を巡らせる。
なにしろ相手は社長である。つまりは大抵のものは自分のお金で手に入るお金持ちだ。
私がスバルさんと結婚した当時は「玉の輿じゃな~い、羨ましい~」とからかい半分で言われたものだが、私が家計を預かっているわけでもなく、私は私、スバルさんはスバルさんでそれぞれ稼いだ分だけ生活していた。私とて働いている身だ。スバルさんに頼るほど生活に困窮しているわけではない。……どうしても、というときは助けてもらってるけど。
話を戻そう。そんなスバルさんが持っていないものってあるんだろうか。
手作りのものならオンリーワンなのは間違いない。手編みのセーターとか……いや、やめよう。自分の不器用さを計算に入れてなかった。昔、一度だけ作ったことのある穴とほつれだらけのセーターをスバルさんが着ているところを想像して、思わず頭を抱えたくなった。スバルさんなら喜んでくれるだろうし、なんなら実際に着て、会社中に見せびらかすだろうけど――いや待って、なにその羞恥プレイ!? ああっ、社長、困ります社長、やめてーッ!
ハッと気づくと、私はショッピングモールの真ん中で真っ赤になって頭を抱えたまま立っていたようだった。道行く人の怪訝な視線が刺さって痛い。私は慌ててその場をあとにした。
逃げるように近くの店に入ると、そこはおもちゃ屋だった。そこにも『クリスマスセール』の文字がそこかしこに踊っている。
うーん、スバルさんはゲーム……は自分で集めてるしなあ……おもちゃとか好きだろうか。
なんとなく商品棚を眺めながら歩く。
そういえば、スバルさんと私は、プラモデルをきっかけに交際を始めたんだったな、なんて思い出す。
プラモデルの部品を引っ掛けたまま出社して部品を落とした私に、わざわざ届けに来てくれたのがスバルさんだった。
……プレゼント、プラモデルにしようかな、なんて考えが頭をチラついた。
問題は、どのプラモデルにするかだ。『ダンガンロボッツ』のプラモデルなら、スバルさんは全種類集めている。一緒に暮らしている私が言うのだから間違いない。二十周年記念の特別仕様まで揃えている熱狂的なファンなのだ。だから、私たちが付き合うきっかけになった『ダンガンロボッツ』はプレゼントできない。
スバルさんが他に好きそうなプラモデルかあ……。まあスバルさんも私も男の子の好きな物はだいたい好きだし、スバルさんのことだから「こずえさんからいただいたものは何でも宝物です」って言うんだろうけど。
プラモデルの棚をじーっと眺めて、ときどき紙箱を取り出してパッケージに描かれたイメージ画像を見ながら思案に耽る。
やがて私は、クリスマスプレゼントをひとつに絞ったのであった。
クリスマスイブ。
「スバルさん、これ」
私はケーキを食べながら、用意したプレゼントのラッピングされたものをずずいっと渡す。
「ありがとうございます」
ニコッと微笑む私の旦那様、今日も笑顔が眩しくていらっしゃる……。
「開けてもよろしいですか?」
「どうぞ。お気に召すかは分かりませんが」
「こずえさんの下さるものが気に入らないわけがありません」
言うと思った。
何故かは分からないが、スバルさんは私を溺愛している。
私のくれるものならポケットティッシュでも喜ぶし、「使うのが勿体ないから」と自前のティッシュを使う始末。いや、渡したものは使ってくださいよ……。
スバルさんはラッピングを丁寧に開けて、中身を取り出す。
「これは……プラモデルですか?」
「ヘラクレスオオカブト、お好きでしょう?」
男の子がだいたい好きな物第一位に入るであろう、昆虫である。
「私は別の昆虫のプラモを買ったので、良ければ一緒に作りませんか?」
私はコーカサスオオカブトのプラモデルの箱を見せて、ニヤッと笑う。
「こずえさんが虫好きなんて意外でした」
「そりゃまあ、害虫とか見た目がグロテスクなものになると苦手は苦手ですけど、蝶とか綺麗で好きですよ。カブトやクワガタは父と一緒に毎年飼育していましたし」
小さい頃から少年趣味で友達の少なかった私は、よく幼稚園の園庭の隅っこでミミズをいじって遊んでいたものだ。今にして思えばそんな女児が気持ち悪くて女友達が余計に寄り付かなかった気もするが。
「偶然ってあるものですね」
ポツリと呟いたスバルさんを不思議に思って見やると、スバルさんは何かのチケットを二枚持っていた。
「明日、植物園でデートしませんか、と申し込もうと思っていたところなのですが……この植物園の経営する昆虫館がありまして」
「昆虫館?」
「南国のカブト虫やクワガタ虫、蝶などを放し飼いにしているそうです。植物園や昆虫館なら建物の中は暖かいので冬にピッタリかと」
「へー! 南国の虫ってカラフルな個体が多いから目でも楽しめそうですね。ありがとうございます、スバルさん!」
多分、私は心から嬉しそうな笑顔を浮かべていたのだろう。スバルさんが微かに顔を赤らめて、私から顔を背けたから。
「……わたくしには、こずえさんが隣にいてくださることが、一番のギフトです」
「スバルさん……私も、こうして毎年毎日、スバルさんと一緒に過ごせることが私の幸せですよ」
私がスバルさんの顔に手を伸ばすと、顔を赤らめたままのスバルさんの美顔がすぐ目の前にある。その頬にそっと口付けた。
「……口にはしてくださらないんですか?」
スバルさんは恥ずかしそうに、それでもしっかり要求する。
「欲張りですねえ」
私は笑いながら、もう一度スバルさんに顔を近づけるのであった。
――MerryX'mas!
カクワカ(隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される・おまけ短編集) 永久保セツナ @0922
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