付記 詞からの手紙

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 あおい


 これを読んでるってことは、相当まいってるってことだよな。

 そりゃあそうだよな。逆の立場だったら――って、今さら考えて途方に暮れてる。


 まずは、ごめん。

 黙っててごめん。

 いきなり消えてごめん。


 自分でもわからないんだ。もうすぐ死ぬってわかったとき、葵には知られたくないって思った。なんでだろうな。おまえに知られるのがどうしようもなく怖かった。今でも怖い。

 なんで怖いのか、考えてもわからなくて、考えれば考えるほど怖くなって、ツムにも口止めしたんだ。

 もうすぐ死ぬなんていって、がっかりされたくなかったのかな。

 うわあ、自分で書いててどん引きするわ。

 ひでえなおれ。ごめん。ほんとうに、ごめん。


 葵が気力を失ってしまっているとしたら、それはもう、ほんと、おれのせいなんだと思う。

 どうしたらいいんだろうな。おれ、死んじゃってるしな。


 怒っても憎んでもいいよ。それに、葵が葵の意志で表現者をやめるっていうなら、それもしかたないと思う。人生にはきっと、あきらめる勇気が必要なこともあるから。

 だけど、おれをやめる理由にはするな。おまえの選択を、おれの責任にするな。それをしたら、いつか絶対後悔するから。それだけはしちゃいけない。


 まえに教えてくれたよな。アオイ科の植物は向日性こうじつせいがある、太陽の花なんだって。

 だからご両親は娘が生まれたとき、葵という名字に対して、どストレートに日向ひなたと名づけたんだって。


 おまえ自身、いつだって太陽を目指してきたんだろう?

 だったらさ、おれの命くらい、涼しい顔で利用できるようになれ。

 表現者でいるかぎり、どんな汚い感情を抱いてもぜんぶ武器にできる。どんな経験も宝にできる。そういってたのは葵だろ?


 中には、天野あまののぶんまでがんばれとか、つかさのぶんまでしあわせに――とかいうやつがいるかもしれない。そんなの無視していい。本人が許可する。おれの人生まで背負わなくていい。

 背負わずに、利用しろ。それも重荷に感じるなら、ぜんぶ捨てていい。

 ぜんぶ捨てて、それから自分がどうしたいのか考えればいい。


 おれもさ、残された時間でなにができるのか、ここのところずっと考えてる。

 考えるまでもないとかいうなよ。今、自分でもそう思ったんだから。


 どんなのがいいかな。おれたちの集大成になるような話がいいな。

 完成したらツムに送っておく。もし気に入ったらつかってくれ。気に入らなかったらこれも捨てていいからな。


 なあ、葵。おまえは、世界を目指せる女だ。

 おれは本気でそう信じてる。


 おれは、おまえやツムと出会えて最高にしあわせだった。

 ふたりに会わなければ、自分の頭の中にあったイメージをカタチにするなんてこと、きっとできなかった。どれだけありがとうっていってもたりない。ほんとうに、ありがとう。


 だから、たのむ。

 おれに縛られないでくれ。

 葵は葵の信じる道を進め。

 おれは全力でそれを応援する。

 見えなくても、聞こえなくても、ずっと、応援してる。


 どうか元気で。



     詞より



 追伸

 窓の外、晴れてんのに雨が降ってきた。いいな、これ。これでいこうかな。ラストシナリオ。


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     (了)



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空に走る 野森ちえこ @nono_chie

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