つながり

 ふと、後輩ちゃんの頭が乗っている右肩に、硬い感触があった。見ると、お団子が肩にぶつかっていたみたいだ。……お団子って、中身こんなに硬いものだったっけ?

 悪いとは思いつつも少し触ってみると、明らかに人工物の硬さがあった。これは……?

 少しいじると、おだんごが崩れて中のものがころんと座面に落ちた。何かが夕日を反射している。

 「これは……カメラ?」

 後輩ちゃんの邪魔にならないように拾って見ると、立方体にレンズの付いたようなものだった。いわゆる、隠しカメラというやつにみえる。

 えっと。どうしよう。心臓の音が大きくなっていく。

 後輩ちゃんが撮られてた? いや、さすがにこんな所に仕掛けられて気付かないなんてことはないはず。というか、こんな所、自分で仕掛けるしかないだろう。

 でも何のために? 授業を撮るためとか? それにしては手が込んでる。まって、そもそもこのカメラはいつからあそこにあったのだろう。今も動いてるんだろうか。

 「ん、んん……」

 カメラをいじっていたら後輩ちゃんが起きてしまったようだ。

 「あ、す、すみませんお姉様」

 「いやいいんだけど……。隠しカメラが……」

 まだ少し寝ぼけていたような後輩ちゃんは、隠しカメラという声にとっさに反応して、胸元を押さえた。……胸元? たしかあそこにはペンが刺さっていたような。

 私の手にカメラがあることに気付いた後輩茶の顔が、みるみるうちに青ざめていった。それで押さえていた手が緩んだので、さっとペンを取ってみた。

 「あ、ちょ、ちょっと」

 あわてた後輩ちゃんは軽く飛び上がり、その勢いでポケットのスマホが落ちた。カバーに差し込まれていた定期券が飛び出してきて、そこに書かれた区間が目に入る。

 「これ、私の最寄りじゃん……」

 「ち、違うんです! これは、えっと……」

 だんだんと小さくなっていく後輩ちゃんの声と同じように、私の思考もどんどんはっきりしなくなってくる。なにも、分からない。ぼんやりした頭で手の中にあるペンを見ると、これにもレンズのようなものが付いていた。

 「どういうこと?」

 後輩ちゃんはなにかを撮っていた? そして、私の最寄り駅から電車に乗っていた? いやでも、後輩ちゃんは私が乗る前に電車に乗っていた。本当に? いや、それはそのはずだ。

 「お姉様……」

 「ねえどういうこと?」

 今度は後輩ちゃんに尋ねてみる。はっきりいって、私のキャパを超えている。

 後輩ちゃんはすこしためらいを見せた後、小さく口を開いた。

 「知りたいですか? どんなことであっても」

 そう聞かれて、背中を何かに触られたような気分になった。頷いたら、どうなってしまうんだろう。

 でも、今の私には、首を振ることはできなかった。


 ******


 いつもの駅で、後輩ちゃんと降りて、私の家からはひとつずれた通りを進んでいく。そうしてたどり着いたマンションは、入り口は1本向こうだけど、地理的には私の向かいに面していた。

 「ここが私の家です」

 そうして後輩ちゃんの家に招き入れられた。


 廊下を歩いていると、急に電気が消えて真っ暗になった。

 「感応式なのですが、すぐに切れるのです」

 「あ、ああ……なるほど」

 暗がりだけど、別に部屋に行くまでに障害物はなさそうだったから問題はない。

 問題は。部屋の中に何があるのか。

 後輩ちゃんが部屋に入るなり電気を付けた。そうして見えた部屋は、普通に見えた。ベッドがあって、本棚があって、机があって。ちょっとものが多い、普通の部屋。

 嘘。嘘だ。見ない振りはできない。どうやっても視界に映る。この部屋の壁紙が。いや、壁紙ではない。単に壁が見えなくなっているだけだ。

 そこにあったのは――私の写真だ。引き延ばされたものや、小さくされたもの。人と映ってるものやらトリミングされているだろうものやら、いろいろな写真が貼ってあった。

 ……正直、隠しカメラの件を尋ねて部屋に通された時点で、少し想像はしていた。でもどう感じるかまでは想像できなかった。

 自分の写真に囲まれる感覚。自分に自分を見られるような。どこを見ても、私が視界に入ってしまう。気になる所に目が行ってしまう。お前はこんな人間だと見せつけられる感覚。そしてそれから逃げることはできない。

 「ちょっとごめん」

 私はトイレに急いで、吐いた。後輩ちゃんに好意を持たれているのは分かっていたけど、ここまでなんて知らなかった。こんな――ストーカーみたいなことをしているなんて。

 「あの……大丈夫ですか?」

 トイレにもたれながら、後輩ちゃんから出された水を一気に飲み干す。まだ胃酸の味がする。

 「……なんで」

 ようやく言葉が出てきた。切れた息の隙間からようやく吐き出た言葉に、後輩ちゃんは少し困っているようだった。

 「それは……なんと言いますか……。そう、言うなれば私はお姉様のオタクなんです! だから、お姉様のことは何でも知りたいんです……だから――」

 いやまって、なんで今オタクなんて言葉が出てくんの?

 「なんでもって、私のも知ってるってこと?」

 後輩ちゃんはびくりと肩を震わせた後、小さく頷いた。そっか、バレてたのか。まあストーカーされてたんならしょうがないか。

 でもそこじゃない。なんで今オタクなんて表現した? 私と同類だって言いたいのか?

 「ふざけんな! 犯罪者と一緒にすんな! 私のは誰にも迷惑掛けてないんだよ! 分かる? こんな――」

 言葉が詰まる。また吐きそうになるのをこらえながら、トイレにしがみついてようやく一息分だけ整える。

 「大迷惑なんだよ……」

 だめだ、頭も痛くなってきた。酸素が足りない。いい加減トイレから離れて、代わりに壁にもたれかかる。……ここの壁はまともでよかった。

 後輩ちゃんの方を見ると、目に涙を貯めながら、何かに耐えているようだった。

 「そう……ですよね。嫌ですよね、こんなの」

 声が出せないので、頷いて返す。……くそ、なんでそっちが泣きそうになってんだよ。

 後輩ちゃんは力が入らなくなったみたいにその場にぺたんと座り込んだ。

 「分かってた、はずなんですけどね。こんなの、許してくれる人なんていないなんて。だから隠して、お姉様に気付かれないようにして」

 ああ、泣くなら顔を隠して泣いてくれ。そのだらりと垂れた腕を上げて、美少女らしく顔を塞いでぐすぐすと泣いてくれ。

 ……その泣き顔を見せられると、頭がぐちゃぐちゃしてくる。

 「この部屋は、私だけの天国だったんです。いつお姉様と会えなくなるかも分からない、そう思ったら、少しでもお姉様の姿を少しでも長く見ていられるように。そうして写真を貼ったのです。一枚だけのつもりでしたが、一枚、また一枚とだんだんと止められなくなってしまって……」

 それでああなった、と。まあああいうのはどんどん増えていくからな。……じゃなくて。

 後輩ちゃんはしばらく黙っていたが、やがてわなわなと震えはじめてこちらに頭を下げてきた。いわゆる土下座に近い。

 「ごめんなさい。ほ、本当に、申し訳ないことです。気持ち悪いとお思いでしょうが、で、でも一緒にいたいのです……。な、なんでもしますから。どうか捨てないで……ごめ、ごめんなさい……」

 それから後輩ちゃんは壊れたみたいに謝罪の言葉を繰り返した。……顔が隠れていても、胸にちくちくと刺さるものがあるのは変わらなかった。

 ……たとえば、カケルくんが現実にいたとして。私は今の部屋のようにならないといえるだろうか。現実とは違うと言いたいが、カケルくんの魅力は二次元とか三次元とか、そういうレベルの話じゃないはずだ。その上、私なんかがカケルくんと接点を持つことなんてないだろう。少なくとも、部屋にあげるなんてことはあり得ない。

 そうだとして、結局のところ、この子と同じことをするんじゃないだろうか。……ああもう、結局思惑通りなんじゃないか? それに、ストーカーまではしない。……でもカケルくんの年齢考えたら写真もギリギリな気がしてきた。そもそもどうやって写真を手に入れるんだ。

 あーもう!

 「……分かった」

 「え?」

 後輩ちゃんが顔を上げる。……あーあ、メイクがぐちゃぐちゃになってるよ。

 「分かったって! 考えてみたら、後輩ちゃんの領域に私が勝手に入ってきちゃっただけだし……」

 後輩ちゃんはぱあっと顔を明るくして、こっちに近づこうとしてくる。が、流石に全部を許したわけじゃない。

 「でも、あの部屋はなんとかして。さすがに、ちょっと、気持ち悪い……」

 「分かりました。全部捨てます」

 「あ、あとつけ回したりとか隠し撮りとかは勘弁して。付いてきたいならちゃんと声かけて」

 それは犯罪だし。しかし、後輩ちゃんの方はよく分かってない様子。

 「いや私のことストーカーしたりしてたんでしょ? その、私がオタクだってこととか……」

 「それはアクセサリーのこととか調べて。それに、そういう人の知り合いも少なくないですし、雰囲気といいますか、なんとなく分かるんです」

 「あ、あれ。そうなの?」

 「お姉様のプライベートを邪魔してしまうのは本望じゃありませんから。……今更なにをとお思いでしょうけど……」

 まあ後輩ちゃんの言はさておき、たしかに調べれば分かるものかもしれない。同類ならなおさらだ。……うかつだったのは私か。

 それで、後輩ちゃんはメイクも落とさずに立ち上がった。

 「それじゃあ、すぐに片付けます」

 「……私も手伝う」

 「でも」

 不安そうな後輩ちゃんに首を振る。言いたいことは分かるけど、でも、なんというか。

 「……ほら、一緒に捨てれば安心できるから」

 そういうことにした。


 メイクを落とさせてから後輩ちゃんの部屋に戻ると、まあ当たり前だけどまた私の写真が迎えてくる。……私の部屋と同じと考えると、いややっぱり無理だ。

 「そういえば、データはどうすればいいですか?」

 データか……。まあそれくらいならゆりかも似たようなものだし、よしとしよう。

 「ネットに流したりしないなら」

 「当然です! ネットには流したりなんか……。あ、あと……」

 今度は少し恥ずかしそうに、冊子を渡してきた。これはコピー誌、いわゆる薄い本というやつだ。中身は小説のようだけど。……つまり、私の小説を書いていた、と? しかもわざわざ印刷して。

 流石にこれは分からない。分からなさすぎて、ダメかどうかもよく分からない。

 「えーっと、まあ、私と分からないようにするなら、モデルにするくらいは」

 「じゃあ後で原稿を直しておきます」

 それで後輩ちゃんは作業に掛かり始めた。

 しかしこんなものを作るなんて、思っていたより後輩ちゃんはオタ活をしていたらしい。誰に見せるわけでもないだろうに。

 ……なんだろう、なにか違和感がある。とはいえ、あらぬところを見ようとすれば自分の写真が目に映ってしまう。元々あまり自分の写真を見るのは得意じゃないんだけど。

 しかし、いろんな写真があるな。完全に盗撮したものや部活中のものまで。いろんなカメラ持ってたんだな。際どいのがないのが救いだな。

 うわ、これクローゼットから撮ったのか? 何かの隙間から、部屋でくつろいでる私が映ってる。後で問い詰めないと。

 ……いや待って。なんで部屋の壁が見えるんだ?

 私の部屋なら、白い壁が見えることなんてないはずだ。この部屋は……。

 「ゆりかんち……?」

 どういうこと? ゆりかんちにもカメラを仕掛けていた? いや、そんなことするなら私の部屋に仕掛ける方が簡単だろう。でも、私の部屋の写真は見当たらない。

 よく見たら、カメラ目線の写真がいくつかある。面と向かって写真を撮られたことはなかったはずなのに。

 いやおかしな方向に考えすぎだ。お団子にカメラが仕掛けられていたなら、そっちに目線を向けることだってあった。

 じゃあ、ピースしてるこの写真は? フェンスの陰もない、この部活中の写真は?

 そして一枚。思わず壁から引き剥がして手に取った。

 「この写真……」

 中学の制服を着てる。制服なんてとっくに捨てたはずなのに。

 「ねえ後輩ちゃん」

 恐る恐る声を掛けると、ゴミ袋を持った後輩ちゃんは慌てるように私に近づいて写真をひったくっていった。

 「……ねえ、なんで?」

 頭がガンガンする。危険だと、どこかが私に告げてくる。聞けば、戻れなくなると。

 後輩ちゃんは下唇を噛んでなにかを考えているようだった。その手に持ったゴミ袋には、写真の他にもシャーペンやらノートやら、タオルなんかまで入っていた。……なんでそんなものまで。

 「……お姉様は、オタクの語源をご存じですか?」

 「え?」

 ようやく口を開いたと思ったら、よく分からないことを聞き返された。しかも、「なんでもありません」なんてすぐに話を切られては、よけいに気になってしまう。

 オタクの語源……何だっけ、たしか、当時のそういう人たちがお互いを「お宅」と呼んだから、だっけ。

 つまり。オタクは、呼び合う仲間がいて、はじめてオタク……?

 後輩ちゃんには、仲間がいる?

 そしてその仲間は――

 「お姉様!」

 後輩ちゃんが急に大声を上げるので、思考が乱れた。

 「大丈夫ですか、お姉様」

 「え、ああ、うん」

 「……やっぱり、今日はお帰りになった方がいいと思います。必要なら、またお越しになってください。そのときには、きっと綺麗になっていますから」

 そう言われて、私がかなりふらふらなことに気付いた。……たしかに、今日のところは帰って休んだ方がいいかもしれない。

 「……じゃあ、そうする」

 「ちゃんと残りも捨てておきますから。ほら、お見送りをさせてください」

 ほとんど後輩ちゃんに寄りかかりながら、なんとか玄関にたどり着く。

 「じゃあまた。今度、聞きたいこともあるから」

 「……はい」

 ドアを開けると西日が部屋に入ってくる。……そういえば、リアタイ逃しちゃったな。

 部屋を振り返ると、日を反射してる後輩ちゃんの素顔が目に映った。

 「さようなら、お姉様」


 *****


 *****


 「痛っ」

 「ほら、いつまで寝てんの。もうお昼ご飯だよ」

 「……昨日眠れなくて。後輩ちゃん、見てない?」

 「姫ちゃん? 見てないけど。どうせ後から来るんじゃない?」

 「んー、卵焼きいただきっ」

 「あ、よっしー! あんたまた」

 「まあ取られたものはしょうがないとして、さっさと食べたら?」

 「くそー、覚えとけよ」

 「ほらほら、くやしみの一枚取るよー」

 「そんなん撮らんでいい!」

 「はい、チーズ」

 カメラのシャッター音が鳴った。また一枚、私の写真が増える。

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オタクとバレたら終わり はづきてる @GlntAugly

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