幼馴染の女の子を起こしに隣の家まで行く……なんて、まるでギャルゲーのようなスタートを切る本作。
対人恐怖症かつ二次元至上主義の主人公——悠樹は、幼馴染の尋といつもと変わらない日常を過ごしていく……はずだった。
しかし、どういうわけか学校内の三大変人に絡まれる、絡まれる。ただでさえ対人恐怖症の悠樹は疲れ果てながらも、一層ギャルゲー風味を増した日常に引きずり込まれていく。
ただのラブコメ? しかし悠樹の身に起きた過去の出来事が、「そんなわけはない」と告げている。
そして、中盤、瓦解する。——悠樹が、主人公が、読者が信じていた世界が壊れる。ガラガラガラと音を立てて。沈下、崩壊、暗闇へと落下していく。まさに『どんでん返し』だ。
同時にあらゆる伏線が回収されていく。しかも意外な経由で、隔たりを穿って。手繰り寄せた紐はすべて手中に収まっていく。
その中で悠樹は「どんな選択」をするのか。
個性とはなにか。人とはなにか。現実とはなにか。過去とは、未来とは……。
悠樹の身に起きるすべてのことが、読者に対する問いかけのように思える。
哲学的な思想を孕みながらも、それがすべて難しくない。ライトに噛み砕かれている。中高生を対象読者としていることで、ストレスフリーに読み進めることが出来る。ラブコメ×ミステリ×フィロソフィーが見事に融合したライトノベルに仕上がっていた。
この作品の一番の見所は伏線の回収にあり、それは感動と心地の良い刺激を与えてくれるものだった。だがそれは脳に対してである。心にはもっとまっすぐなものが突き刺さる。それは『愛』だ。ラブコメよろしく、中核にあるのは『愛』なのだ。
複雑怪奇に織り上げられた伏線の中心に『愛』と言う一本の線が通っている。これが作品そのものに説得力を持たせているのだろう。
このレビューを見て本作に進んだ方は、まず、あまりに不自然なところに用意された『あとがき』を目にするだろう。なにせ冒頭だ。実はこの『あとがき』すらもがすでに伏線。最後まで読んでもう一度『あとがき』を読み返すと『とんでもないこと』に気付かされる。
伏線の奇術師が織り成す奇書。どうか一言一句見落とすことなかれ。
二次元に逃避した主人公が、日常をギャルゲーにあてはめたように語っていくスタイル。気の合う幼馴染だけでなく個性的なヒロイン達と関わることになっていく展開はラブコメを予感させます。
が、中盤に待ち受ける事実で世界観が一変します。何気ないあれもこれも布石だったと気付く時には物語は加速し、終わりまで一気に読ませてくれる力があります。
それだけでなく、ツボを押さえたクライマックスへの流れと、我々自身も心に刻むべき普遍的な教訓が編み込まれていて、衝撃的な展開だけでなく物語としてもしっかり作られています。
結末も作品のテーマが反映されていて納得です。
作中序盤に、ギャルゲーのシステムについて疑念を呈する会話が描かれます。そんなのお約束だよ、目くじらを立てるほどじゃない。読んだとき、正直そう思いました。
それが、作品が進むにつれて、世界の歪みとして露わになっていきます。
私たちが主人公と同様に生きたかもしれない世界は、こんなに歪んでいたのかと。
歪みのない視野はありません。でも歪みの大小はあります。歪みを一つずつ解いていったとき、世界に戦慄が走ります。
それからどうするって? 大丈夫。これは「破壊と再生の『ラブコメ奇書』」なのですから。その意味は、読んで確かめてください。
ギャルゲーをベースとしたことによる恩恵の一つが、際だったキャラの存在。キャラを追うだけでも楽しめます。清涼剤があるので、厳しい話でもきちんとエンタメとして成立している作品です。