呪いの文字
平中なごん
呪いの文字(※一話完結)
学生さんなんかの若者達――特にいわゆる〝やんちゃな〟と形容されるような部類の人達なら、一度や二度経験あるのかもしれないんですけどね。
夏休み、時間はあり余っているんだけれど、どっか遊びに行くにも先立つものがない。
それでも、やっぱりみんなでわいわい騒ぎたいし、お金がない学生でも充分に楽しめる、好都合な娯楽場所との一つが〝心霊スポット〟なんですね。
もちろん、知ってる人間ならそんなこと絶対すべきじゃないってわかるんですけど、なにせ無駄にエネルギーの溢れてる若者達ですよ。
ああ、それなら俺、いい場所知ってるよ? 今夜は暑いし、ひやりできそうでちょうどいいね。行こう! 行こう! …というような軽いノリで、誰もその後に待ち受ける恐怖なんか考えもせずに行ってしまうわけですね。
これも、そんな三人の男子学生が実際に体験した、ある夏の日の出来事です……。
実名を明かすといろいろと不都合があるんで、関東の某所としときましょう。
そこに、その筋ではすごく有名な廃病院がありましてね。夜、暗くなってからその病院の廃墟へ行くと、かなりの確率で
そこからわりと近い距離に住んでいた三人はその病院へ行くことに決めると、さっそく一人が持っていた車に乗って、そこへ向かうことになりました。
その病院跡は街から遠いわけじゃないんですが、小高い山の上にありましてね。時刻は深夜0時近く。実際に行ってみると、いやあいい雰囲気ですよ。
辺りには彼らの他に人っ子一人いませんし、しん…と静まり返った暗闇の中に、すべての窓ガラスが滅茶苦茶に割られて、苔やらカビやらで不気味に変色した古い鉄筋コンクリートの巨大な建物が建ってるんです。
その建物の前に広がる、ヒビ割れて雑草が生え放題に生えたアスファルトの駐車場の入口には、当然、トラロープが張ってあって「立ち入り禁止」の張り紙がしてあります。
いや、これは絶対ヤバイでしょう? これ以上入ると不法侵入だし、今夜はもう帰ろうよ…と、そのあまりの雰囲気に言い出す者もいたんですが、何言ってんだよ。せっかくここまで来て、中入らなくてどうすんだよ? そうだよ。入らなかったなんて話したら、みんなに笑われちゃうぜ? …なんて他の二人が言うもんですから、反対した一人も渋々折れて、けっきょく三人で入ってみることになったんですね。
有名な心霊スポットですから同じように肝試しに来る若者も多く、入口のドアは鍵がかかってないばかりかガラスも全部なくなっていて、簡単に入ることができたそうです。
そのすでにドアの役目を果たしていない
当然、夜ですから屋内は真っ暗だったんですが、各自持ってきた懐中電灯で辺りをあちこち照らして見ると、雨風が吹き込んで壁や床にはあちこちシミができてるし、待合室の椅子だとか、受付のカウンターにあったものなんかが散乱してる……。
おまけに以前、肝出しに来た行儀の悪い連中がスプレーで壁いっぱいに落書きしてるんですよ。
「バカ」とか「〇〇参上!」とか、まあ、その手の実にくだらないやつです。
ですが、その中には一際目を惹く、真っ赤な血のような色で書かれた大きな文字があったんですね。
お、おい! あれ見ろよ! …そう声をあげながら、一人がそちらを懐中電灯で照らすと、他の二人もその文字へ目を向けます。
〝呪ってやる〟……おそらくは、そういう意味合いで書こうとしたんでしょう。本当に血のように赤い色をしていて、所々、血が流れるように垂れてしまっている気味の悪い文字ですよ。
だけど、「呪」という文字の
そう。〝呪ってやる〟じゃないんです。これじゃあ〝祝ってやる〟なんですよ。
恐ろしいどころか、たいへんおめでたい言葉です。それまでの不気味な雰囲気も一気に消し飛んで、なんだか明るい気持ちにもなってきてしまうんだな。
たぶん、この文字を書いたやつが漢字に弱いおバカだったんでしょうね。
三人はその文字を呆然と見つめながら、こいつ、小学校の漢字ドリルをもう一度やりなおすべきだな……と全員が心の底から思ったそうです。
(呪いの文字 了)
呪いの文字 平中なごん @HiranakaNagon
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