後半 取り返しがつかなくなってから
取り返しのつかないことが昨晩に起きた。自分の上司である戸川所長が死んだのだ。状況は真っ黒である。
仮に本当に犯人がいたとしたら、夕食の時にあんなことを言えば当然狙われるだろう。犯人は警察の捜査から逃れて安心していたところにあのドヤ顔だ。なんで、もう自殺だろうと結論を出した後に、しかも容疑者候補がいるところで言うのかと正気を疑った。
昨晩は寝る前に、明日の完了報告で緑川氏にこれ以上トンチキなことを言わないようにするために念のため自分にもどういうことなのか説明を求めて、命を狙われた場合に対して念のために一緒の部屋に篭ろうとまで嫌々ながら!提案したというのに、所長は明日を楽しみにしておけの一点張りで「部屋の鍵を閉めれば大丈夫さ」とか言って部屋から締め出されてしまった。
そして殺されたわけである。ふざけるなと言いたい。次に狙われるとしたら自分ではないかあの野郎。
というか結局自殺じゃなかったんかい。いや警察の方で証拠出てなかったんだからバカ所長の推理聞いて鼻で笑って終わりにすればよかったのに……。
そんなわけだから完了報告&帰宅は延期となって、警察が来るまでの2時間の間に犯人捜しが開催されているのが今の状況である。帰りたい。
現状誰が犯人なのか見当もつかないんだが、新田さんが緑川氏の愛人で緑川氏に報酬をちらつかされてやったとか?そして、その後結婚して遺産をゲットするのか?
いや、そもそも夫人の方は警察でも見抜けていないのだ。むしろ所長が誰に殺されたかを考えた方がいい気がする。突発的な犯行で粗も多そうだ。
ちなみに推理大会は緑川氏の独壇場なっていて、正次氏を糾弾する場となっている。自分は落ち込んだフリをして必死に頭を回しているわけだ。なんでかといえば所長の部下だから何か知っていると思われうる立場だから犯人にうっかり殺害される可能性があるからだ。まだ死にたくないのだ。
やはり夫人の件は関係ないのか?だとしたら、所長個人に対する殺意だったのか?5日間でなにかやらかしていただろうか。印象に残っているのはやはり昨晩のムカつくドヤ顔なのだが、もしかすると自分のいないところで誰かと喧嘩でもしていたのか?
ちなみに所長の殺害方法は絞殺。殺害方法と断定しているのは自殺する理由があの人には皆無だからである。昨日のあのドヤ顔で自殺するとは思えない。夫人のように夫婦仲だとかで鬱病になる理由もない気楽な独身貴族で、基本的にストレスフリーな人だった。
ならば他殺ということになる。現場を調べてみたが実際にできなくはないと言った感じだった。おそらくではあるが意識を失わせてから、首に縄にかけて殺害し、首を絞めた痕をごまかしただと思う。がたいに恵まれた所長を正面から殺害するのはかなり大変だ。首吊り状態にするのには、かなりの力が必要で男でも大変な重労働だ。そうなると容疑者は正次さん、達美さんになる。
動機は高額な成功報酬を惜しんでのことだろうか。なんせ今回の報酬は1500万である。所長、吹っかけたなと契約の書類を見たときに思ったが緑川氏も同意した以上なにも言わなかったがそれがここで響いてくるとは思わなかったな。
「遠北さん、気を確かに。水を持ってきましたよ」
新田さんが水をくれたので礼を言ってから机の上に置き、顔をゆっくり上に上げると緑川氏が何か言いたげである。
「遠北さん、所長さんが死んで気分が落ち込んだのはわかる。だが今は正次を自首させるために説得してくれないか」
正次さんに視線を向ける。
「自分じゃありませんよ!父さんはもう歳で碌な判断力が残ってないんだ。鵜呑みにしないでくれ!」
「でも、兄さん最近離婚したらしいじゃないか。しかも、兄さんの不倫が原因だって?」
「な!どこでそれを!そもそも、俺が母さんを殺すわけないだろう!?お前こそ、フリーターなんだし金に目が絡んだんじゃないのか?!」
達美さんは働いてこそいるものの、あまり給料は高くないようである。だから金目当てというのはわからないでもない。
「おいおい、俺は今の生活に満足してるんだ。家ではできなかったしたいことをしているからな」
「達美さんは芸術家でいらっしゃいましたっけ?」
「そうだな。親父がそんなことよりスポーツをしろってうるさくて家ではできなかったから今は清々してんだよ」
「うるさいとはなんだ!私はお前のことを思ってだな!」
達美さんは手をひらひらと動かして、父の怒りをいなした。次男の達美さんはフリーター兼画家で遠方に住んでいて調べづらく、私たちはあまり詳しく調べていなかった。それに自立してからはほぼ絶縁状態で、母の訃報に初めて帰ってきたとも聞いているので可能性は薄いと調査から外していたのだ。
さて、ようやく警察が来た。あまり仲がいいわけではないとはいえ上司である所長が死んだショックと、館の入り組んだ人間関係に気疲れしてしまった。
まあ少し偽装工作はしてあるものの犯人はわかりきっている。いや、もしかしたら犯人は1人ではなく2人かもしれないが。
バスはもう出て行ってしまっている時間だが、パトカーで帰れたりするだろうか?
事情聴取にどれぐらいかかるだろうか?
事務所も自分だけになったし帰り次第、次の仕事を探さなければならないだろう。そんなことを考えながら警察を出迎えた。
静緑館に探偵は眠る 角谷鳰 @Manaziri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます