1996(平成8)年、らい予防法廃止。ハンセン病患者を強制隔離することが、法的効力を失った年。わずか26年前までは、本作に登場する『膿の病』に近似した患者へ、本作と同等かそれ以下の扱いが日本国内では合法だった。
本作ではその『膿の病』へ、ある特効薬が登場する。その特効薬は『呪われた』力によって効力を発揮するのだが、これが実に血にまみれた歴史に基づいている。が、ストーリーが進むにつれ事態は急転する。
作品もそんな風にアウトラインをなぞってゆけば、わりに平易な説明で終わるかもしれない。三部構成をとった本作もあらすじだけを読んだら「ふうんなるほどね」と。
でも、といいたい。
国語の授業がつまらないのは小説がつまらないとか、あなたが小説を読むのに向いてない、とかではないんです。
ぷかぷか笑おうが赤い実はじけようがいとをかしかろうが、「ここは○○が△△で□□になるので~」とか、自由で恣意的で多少の誤りを含んだ解釈が許されないからです。つまり授業は正しすぎる。
たしかに本作に登場する特効薬に不可欠なある物も、調達方式を変更すればずいぶんと大人しめな展開になります。しかし、合理的で打算的で能率的で『ない』読みを作者は誘導できます。この作品の作者様はときどきこうして誘導するのです、それもごく自然に。だって、今読んでいる2話も3話も先の出来事を作者様は知っていて、それらも自由に変更可能なんですよ。あたり前ですが。
本作、作者様はとても面白い解釈を事前に用意し提供してくれます。
”――あなたの心にも花が結ばれますよう” 本作の狙いはそのひとことに収斂されているように感じました
美しい物事を実現するため、醜いことに手を染めながらも這いつくばって前進していく、人間のリアルな姿を描いた物語。淡々とした俯瞰的な文が、逆に物語の彩度と没入感を高めていると思います。
治療薬が無く、発症した人体に触れれば感染する疫病がはびこり、罹患者は人と見なされない世界。そんな中、薬の元となる花が発見され、人や国家の行方が変わり始めます。花を見つけて薬が作られるまでの第一章、見え始めた希望が暗雲に閉ざされる第二章、か細いながらも確かな光が射す第三章。長い時間をかけ、生きるため生かすために走り、転んでも這って進んでいく人間の美醜が、丁寧に描き出されます。
すぐそばに人々の息遣いや足音を感じながら、誰かのために花が開く最後まで、ぜひ読んでみてください。
長く疾病に覆われ続ける世界に、わずかに咲く、薬草となる花。
病に翻弄され、美しき花を巡る、三人の人物を中心とした物語です。
簡潔な文章なのですぐに読み終えられると思いますが、六万字ちょっとの中に、時を越える壮大な世界の物語が詰まっています。
まるで分厚い一大叙事詩を読み終えたような気分です。
余計な枝葉を削ぎ落としたからこそ、読者が想像をどこまでも広げられる作品だと感じます。
エスター、カロ、グルー。
三人の個性あるキャラクターが何を感じ、何を選択するのか。
悲しみと憎悪が覆う世界に、花がもたらすのは何か。
激動の世界の行方を、ぜひ読んで確かめてください。