家政婦

 明くる日も、かげる朝であった。階下へ降りてみると、彼女は既に起きて広間に徒然ぽつねんたたずんでいた。結局夕べは大したもてなしもせずじまいだった、と詫びた処へ、勝江さんが現れた。彼女の存在に、勝江さんは目を丸くした。如何様いかように説明すべきか、その文句の用意を、私は失念していた。

 彼女と私が朝食を取る間中、勝江さんは好奇の目をこちらへ遠慮無しに投げてきた。遠戚の娘という事にしたが、彼女をおしと思い込んだものと見え、初めて言葉を向けられると再度目を丸くした。日中の面倒を頼む事とした。

「退屈だろうから、何かさせて貰うと良い。」

「はい。」

「何かって、仕事をですかい。」

「何でも良い。掃除でも、何でも。町へ下りても良い。買い出す物もあるだろう。世間を余り知らぬのだ。」

 そう決め付けてしまったが、彼女も別段否定しなかった。悪い意味では無いと耳打つと、分かります、と微笑んだ。

「あたしゃてっきり、旦那様の洋風趣味が生身の人間まで持ってきたのかと思いましたよ。」

「そうか、やはり目立つかな。」

「お綺麗でいらっしゃいますしねえ。」

「それは困るな。」

 しばらく考え、致し方無しと予備にしていた古い眼鏡を掛けさせた。見え辛くはないかと訊ねると、問題になりません、と返ってきた。

「これなら良かろう。」

「ま、いいんじゃないですか。」

「帽子はどうだ。麦藁帽があったろう。」

「御嬢様のですか。まだこの時季ですよ。かえって目立ちますって。」

「そうか。ならよそう。」

 勝江さんには、体格のせいか、どこか人を安心させるところがある。彼女の相手を任すに恰好だった。

「では行って来るよ。遅くはならん。」

 車を待たせてあった。私に辞儀をする勝江さんを真似て、彼女も頭を下げた。憂いの解消になれば良いが、と私は望んだ。


 暗くなる前に屋敷に戻ったが、果たして彼女は、翳りが幾分やわらいで見えた。家政婦めいた恰好に変わっていた。勝江さんは嬉々としてあれこれの報告を投げてきた。むしろ勝江さんの方に効果が挙がったか。いずれにせよ良い事だ、と彼女に言葉を掛けた。

 その晩から、彼女には娘の部屋を使わせた。やや手狭になるが、むだに広いよりは良いだろう。鏡台も有った。何より、眺めが良い。この辺りもじきに桜が来る。






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