展望台

 最後の日も雨空であった。支度をして屋敷を出たが、彼女はやはり緊張の色をしていた。勝江さんはこれでも行くのかと怪訝であった。展望台に着くと、気にする雨でも無くなった。流石の景観も、端が霞んでいた。ぽつぽつと佇む桜は鈍く白ぼけて見え、淡雪の名残を想起させた。

 もっとも、景色を見に来た訳では無い。車は待たせて、少し歩く事とした。


「早晩、私は堕ちます。」

 しばしの沈黙ののち、先に彼女が口を開いた。

「望みは変わらぬのだな。」

「ええ。」

「訊くまでも無かったな。」

「ええ。」

「持っていなさい。」

 私は、キイホルダを出して見せた。かの上等の革と、二本の洋銀である。

「でも、それは――」

「貴女がいよいよ堕ちる時、役に立つかも知れない。」

 意味を察した顔をした。

「少しは足しになるだろう。」

「――ええ、きっと。」

「そうしたら、また私のところへ来なさい。」

「まるで博打ですが。」

「博打にはならん。」

「ふふ、――そうでしょうか。」


 程無くして、その時となった。

「私も、高い所は苦手なんです。」

 彼女はそんな冗談を言った。言葉と唇の一致するのを見た。上の世へ戻りゆく彼女の姿を、私は、最後まで見送った。






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