展望台
最後の日も雨空であった。支度をして屋敷を出たが、彼女はやはり緊張の色をしていた。勝江さんはこれでも行くのかと怪訝であった。展望台に着くと、気にする雨でも無くなった。流石の景観も、端が霞んでいた。ぽつぽつと佇む桜は鈍く白ぼけて見え、淡雪の名残を想起させた。
「早晩、私は堕ちます。」
「望みは変わらぬのだな。」
「ええ。」
「訊くまでも無かったな。」
「ええ。」
「持っていなさい。」
私は、キイホルダを出して見せた。かの上等の革と、二本の洋銀である。
「でも、それは――」
「貴女がいよいよ堕ちる時、役に立つかも知れない。」
意味を察した顔をした。
「少しは足しになるだろう。」
「――ええ、きっと。」
「そうしたら、また私のところへ来なさい。」
「まるで博打ですが。」
「博打にはならん。」
「ふふ、――そうでしょうか。」
程無くして、その時となった。
「私も、高い所は苦手なんです。」
彼女はそんな冗談を言った。言葉と唇の一致するのを見た。上の世へ戻りゆく彼女の姿を、私は、最後まで見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。