六日目

 明くる日は、薄い晴れだった。熟々つくづく、足の鈍い春と思った。

「この辺りで一番空に近いところは、何処どこにありますか。」

 朝食の卓で、彼女の方から話題が切り出された。

「何ですか御嬢様。ピクニックでもなさるんですか。」

 勝江さんはいつの間にやら、御嬢様と呼ぶ様になっていた。

「それなら、やはり山だろうか。展望台まで車で行ける所がある。」

 厳密に高い所を求めれば山の頂上だが、そういう意味でも無いだろう。

「ひい、あそこの展望台ですか。あたしは遠慮しますよ、高い所は苦手なんです。」

此処ここだって高かろう。」

「此処なんか山の中にゃ入りません。全然違いますよ。」

「それほど高い所なのですね。」

「何倍も良い景色だ。」

「旦那様とお二人で行ってらして下さい。明日ですか。支度はしますよ。」

 勝江さんをすっかりだましてしまった。後でしっかりと話さねばと決めた。



 夜が来て、それぞれ部屋に引き上げた。明日、彼女を帰す事を思うと、何やら落ち着かぬ心地がした。バルコニイに出ると、彼女と顔が合った。同じくして、星を見に出ていた。

「最後の晩になるか。」

「――そうですね。」

「覚悟があるのだな。」

最早もはや、後戻りは出来ませぬゆえ。」

 部屋のラムプは消されていた。女は薄着であった。

「上にもこの様な空はあるのか。」

「だいぶ違う形ですが。」

「想像がつかんな。」

「御世話になりました。」

「まだ礼を言うには早い。」

「また会えます事を。」

「そうだな――」

 女は目に、星の灯りを宿していた。その肌は、透ける程に儚く映った。






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