旅行者
少女を連れて、目についた手近な喫茶店へ
「すまなかったね。度を失ってしまった。立ってできる話じゃ無さそうだ。聞かせてくれまいか、これの事と、君の事を。」
二人の間にキイホルダを置いて、私は切り出した。
「はい――」
卓の向かいに座った少女は、語り始めた。
果たして何者なのかと問うと、この世のものでは無いと言う。幽霊かと訊いたら、いいえ、生きておりますと微かに笑った。上の世から来たのだと、彼女は言った。
「上と申しましても、多分に便宜の呼び方でございます。ただ、あちらからのみ、こちらの世へ干渉できますゆえ、そう言っているだけの事――」
「私にこれを持ってきたのも。」
「はい、繋がっていたものを、引き寄せた、と御解釈
「それが見えるのだな。」
「はい――」
彼女の言うところの上、ではないこの世は、物質で作られて、上はというと、そうではない、との事であった。
「それにしても、しかし――とうに整理がついた気でいたが、そうでも無かった。」
私は今一度手を伸ばし、革と洋銀の感触を確かめた。
「余計でしたか。」
「いや、そういう事ではない。驚きはいずれ引くが、これは残る。何も無かった今までとは、較べようもない。」
珈琲を二つ頼んであったが、少女は口をつけなかった。
「貴女の言う通りだな。」
「と、言いますと。」
「これこの通り、私は物に執着している。成る程、物質の世界と言う訳だ。」
私がそう言うと、
彼女は、発する言葉と唇の動きが別であった。ここまで話をして、
「折角だから、名前を訊きたい。何と言うのだ。」
「私ですか。」
「他に誰が。」
「そうではなく、ただ――聴こえるものかと。」
「目の前におる。」
「◇◇◇◇。」
「何と。」
「やはり、駄目ですね。」
聴こえはしたが、音にはならなかった。唇とは一致した様に見えた。
「こちらの言葉を覚えましたら、
「そうか――」
成る程そういうものかと、妙な納得をさせられた。
「それにしたって、もう少し嬉しそうな顔をしても良いのではないか。これを届けられたのだから。」
「いえ、そんな事は。」
私はどうにも、彼女の何とも浮かない様子が気に掛かっていた。
「役目は終わったのだろう。」
「そうなりますね。」
「すると、上へ戻るのか。」
「ええ――いえ。」
また
「と、言うと。」
「まだ七日ほど、こちらにおります。」
「まるで旅行者だな。」
「似た様なものです。」
「行く宛はあるのか。」
「――いえ」
「なら、私のところへ来なさい。礼になるかはわからんが、何も無いよりかはましだろう。」
駅へ向かうに丁度良い頃合いであった。切符のもう一枚くらい、空きはあるだろうと私は踏んでいた。
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