キイホルダ
黒猫
雨の下
外套はもっと厚いものを選ぶべきだったと、私は、そぼ降る雨空を見上げ、呟いた。思った以上の花冷えであった。
切符を取った急行まで、まだ時間はたっぷりあった。腹は減ってはいない。昼飯はとうに済ませた。約束があるでもない。昼飯の前に済ませた。
なればどうしたものかと再度思案に暮れた。この数時間の
四、五分の間だったろうか。雨傘やら合羽やらの通行人が引っ切り無しに目の前を通り過ぎていく光景に慣れてくると、自然、動かず留まるものへと注意が向いてくる。路の反対側に、少女が一人、
私と同じく商店の軒下で雨を凌いでいるが、私と違い、傘は持ってはいない。そして、私よりも薄手の洋装である。そこに覚えた違和感が、より注意を引きつけた。それに私には、持て余した時間があった。
通りを渡ろうと機を計る間にも、私は少女の観察を続けた。背格好は成人した女のそれだが、顔つきが幾分幼く見えた。十八かそこらの歳であろうか。色素が薄いのか、
「寒くはないのか。」
そう訊ねた私に、少女は違う答えを返した。
「これを。」
少女はそう言って、私へ何かを差し出した。それが何であるか、私には見覚えがあった。
「これは――」
かつて私が娘に買い与えた革製のキイホルダであった。長く使うからと上等のものを選んだが、娘には地味だと不評だった品だ。使い込まれて、少し傷んでいた。鍵が二本、そのままに付いていた。遺品など何も残っていない筈だった。私は狼狽した。
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